変わらない日常。変われない関係。
一寸の釘が差し込まれた日が十年の時を越えて、繰り返し訪れる。






「おっ、今回も早いな。」
壮大なる建設が施されたボンゴレ日本支部の巨大アジトは地中深くに潜んでいる。
その地下十四階守護者専用階の廊下でよく通る声を出したのは、山本であった。
目の前の相手の、今度の仕事での帰国予定は確か三日後だったと記憶したからこその声である。
「ったりめーだ。」
昔と違って山本に声をかけられて無視をするほど懐は狭くない。
声をかけられたのは獄寺で、いつものように軽く返す。
歳月は流れ、互いに二十四歳になったとはいえ、二人の態度は始めて会った十年前と代わり映えはしない。
まるで簡単そうに獄寺はそんな言葉を出したが、それは獄寺だからこそ、そう言える仕事なのだ。
平たく言うと、フランスの一部の地域を牛耳っている一ファミリーとの交渉という名の腹の探り合いを、ボンゴレファミリー十代目の幹部として果たして来た。
じらにじらされ、今まで誰もが赴いても取り決められなかった交渉をざっくりと乗り込んで獄寺はもぎ取ってきたのだった。
若い頃は無暗にキレたりもしたが、今は逆に相手をキレさせるくらい、口がうまくなった。
元々頭がよく、幼少からマフィアになるべく育てられた獄寺にとっては、それは出来て当たり前となっていったのだった。
「ったく。てめーだってやれば出来んだから、イタリア語と英語以外の言語もいい加減覚えやがれ。」
毎度、交渉関係で詰まったとき、最後の頼みの綱として獄寺ばかりが外国へ飛ぶのは嫌というわけではないが、恒例になるのは避けたくあった。
自分はあくまでボンゴレ十代目の右腕で、出来うる限りお側で役目を果たすのが理想なのだ。
もちろん十代目の命令があれば、何処へでも飛んで行く所存だが。
創立者である初代ボンゴレも随分と変わった守護者の人選をしたらしいが、十代目守護者もそれに負けじと劣らずな人選だろう。
ツナの父親である家光が選んだのだから、獄寺としては表立っての反感は口に出さないが、というかこれでもまだ山本はマシな方なのだ。
語学能力一つだけに関すると笹川了平の方があやうく、正直ギリギリだ。
ランボはイタリアと日本を行き来していたため、他のヨーロッパ言語にも比較的馴染んでいるが、基本はまだ十五歳のガキなので使えない。
クロームの努力は認めるが、女性で天然なので基本的に交渉には不向きで、もう少し口数が増えればと、思う。
単純に語学能力だけ見ると雲雀が一番長けているが、普段はボンゴレの味方どころか気に入らないと、たまに敵として現れてくれるので厄介だ。
風紀財団のトップに立つ身として過ごしているので、本当にボンゴレに危機が訪れないと、こちら側に立つことはないだろう。
結局は、誰もが前途多難だ。
ということで、外国方面での交渉は獄寺担当にほぼなってしまっていた。
ただ、ツナから直接受けたとなると、その成果はすさまじいものなので、周りはそれでいいと思っている。
「ははっ。弱いトコを言われちまったな。」
追求されて、少し誤魔化すように山本は苦笑した。
ボンゴレファミリーの守護者としての自覚は十分にあるし、山本自身、基本は馬鹿ではない。
ただ、身体を動かしていたほうが性にあっているらしく、それに獄寺より近接戦闘向きなので護衛能力に長けているのは本当である。
他語学を要しない話し合いなら、柔和な性格の山本のほうが向いているときも事実多い。
守護者の中でマトモに対人関係に優れている、一人だ。

「ところで、十代目はお変わりないだろうな?」
外国に飛べばどうしても連絡は一拍遅れる。
大丈夫だとはわかっていても、この目で拝見するまで全幅をおけるものでもなかった。
「そりゃ、もちろん。今も執務室にいるぜ。」
ツナがいつもと変わりなく過ごしている事、それは当然だと山本は言った。
なんだかんだとライバル関係にある獄寺と山本であったが、互いの能力だけは認め合っているので、その言葉は唯一信頼出来るものだった。










溜まった書類など後だ、後。
山本とすれ違い程度の会話を交わした獄寺は、自室の机に重ねられている書類を一瞥してから、そう判断した。
ばさっと必要な書類一式を手にすると、素早く部屋を出てツナの執務室を目指す。
既に提出すべき報告書は出来上がっている。
事前確認を十分にして、あちらでまとめた書類の照合をしに部屋に来たまでだ。
あの方の隣に居ることを許されてから、月日が経過するのは驚くほど早かった。

コン コン コン

いつもの規則正しいノックを獄寺はした。
冷たい金属の扉はよくその音を通す。
しかし、しばらく経ってもしーんとしたままで反応がなかった。
ツナの性格なら…いやこれは本当はよくないのだが、相手が誰でも気さくに返事を返すのが普段なので、この沈黙は頭を傾げる十分な要素であった。
外から見ても、扉の鍵はかかっていないのはわかるから、ツナは中にいる筈だし、先ほどすれ違った山本の口ぶりからも実際そうだろう。
そうなると、あらゆる可能性が瞬時に示唆されて、獄寺の顔が少し厳しくなる。
万が一、中で倒れていらっしゃったり、不審者の侵入…どの連想も悪いものばかりだ。
マフィアとして、最悪の想定を前提に常に考えなくてはいけないと、教わってきたが、身が凍る思いが取り巻く。
「十代目、獄寺です。いらっしゃいますか?」
少し強い口調で伝えた。これが最後の警告として提示したのだった。
もしこれで返事がなかったら拳銃片手に扉を蹴破れるように準備をして。
「ご、獄寺君なの?」
特別驚いたような声が扉の向こうから差し掛かる。
一安心もつかの間、ツナの声だと認識はしたが、いつもの様子と違うので、獄寺は僅かに眉を潜めた。
「はい。入ってもよろしいでしょうか?」
ここで駄目だと言われても心配なので、失礼でも無理やり入るぐらいの勢いだった。
それくらいの凄みがこの言葉には表れていた。
「あー………うん。」
ツナが発した最後の声は少し小さかったが、気になるので一気に獄寺は入った。

シュンッ
「失礼します。」
スライド式の扉が横へ移動し、やや勢いよく入った先に広がる部屋。
獄寺に一番に飛び込んできたのは、かすかに鼻にかかる火薬の臭いだった。
鼻孔につく、どこかで嗅いだことのあるこの臭いは、ダイナマイトとは違い銃器による硝煙だったので、発作的に身構える。
扉から少し離れた位置にあるツナの執務机周辺には、僅かに残る白い煙がまだ残り香のように漂っていた。
次第に晴れた煙の先にいたのは。



「十代目?」
執務机の椅子に恐縮しながら座っている、小さなツナを発見して、獄寺はやや疑問系で呼ぶこととなってしまった。
小さいと口に出したら失礼だろう。
ツナは平均的な日本人より多少身長が小さいだけなのだから。
ただ、華奢な体つきは昔から変わっていない。
そう…目の前にいた、沢田ツナは獄寺が知っているツナとは違ったのだ。
「はい、一応そうです。す、すみません。実はランボの十年バズーカに間違って当たってしまって。」
十年前からやってきたツナは、慌てて弁解する。
ああ、とうとうやってしまった。
おいでませ、十年後の世界だ。
ランボが持っている十年バズーカは、当たった者と十年後の自分を入れ替える装置だ。
つまり十年後のツナは、今のツナの代わりに向こうの世界に行ってしまったのだろう。
そのときの状況を思い出すと、ややツナの頭は痛くなる。
決して、けし掛けたわけでもないというのに、誤射というのは悲しいものだ。
イーピンも散々当たっていたのだからいつかはもしかしてという気持ちがなかったわけではないが、あっという間に巻き込まれた白い煙は、捻じ曲がる空間を伝って、見事に来てしまった。
微妙に開かない視界にはうっすらとした壮大な部屋。
もちろん、びびる。
だって、日本にはあるまじき部屋の作りは、やたらハイテク。
動転していて気が付かなかったが、もし窓があったら怖くて外なんて見れやしない。
そこで飛び込んできた獄寺の声は救世主にも聞こえたもんだ。
ただ、現れたのはやはり十年後の姿であったが。

「あ…そういえば、そんなこともありましたね。」
直ぐにツナに近寄った獄寺は、思い出すような仕草をした。
思い当たることはやはりあるようだ。
しかし、まだ出会ったのは中学生だったので、本当に懐かしい。
並盛のあの家から、やってきてくださった。
「あの…獄寺隼人さんですよね?」
ちょっと片言で、首をかしげるようにフルネームを言ってツナは聞いた。
声で判別はしたはずだし、さっき本人も名を名乗っていたのだが、想像以上に格好よくなっていたので信じられないくらい驚いたのだ。
うおっ、凄いよ。
背が高いし、スーツが異様に似合いすぎる。
自分が椅子に座っているせいだけじゃなくて、思いっきり見上げる形となる。
まだ少年のあどけなさが残っているが、十年経つと生半可じゃないほど良い男だ。
自分はどうなんだろうと思うが、多分彼には微塵も届かないだろう。
同姓の自分がそう思うのはどうかとも思うが、というかぽけーと眺めている場合じゃない。
椅子に座っているのも申し訳なくなって、素早く降りる。
黒本革のさわり心地のよさがまだわからない。
「はい。あなたの右腕の獄寺隼人ですよ。安心して下さい。ところで、こちらに来て何分経ちましたか?」
不安を与えないように獄寺は優しい顔を向ける。
ツナが立ち上がった今のままでは身長差がありすぎるので少し屈んで視線を合わせる。
入れ替わりの瞬間を見ていないからこその言葉だった。
「多分、二、三分くらいだと思います。」
指折りで数えていたわけではないけど、体感的には長く感じるものだと思いながらツナは答える。
十年バズーカの効果では、たった五分間しかこの世界に居られない。
「本当にあと少ししか時間はありませんね。あまり未来のことをお教えするのはよくないと思うのですけど、どうしますか?」
もしかしたら今ここでアドバイスすれば、辛い出来事も回避できるかもしれないが、それはツナ自身のためにはならないとわかっている。
決まっている未来に沿うわけではないけども、過去も未来も変えてはいけないものなのだ。
「気になる事は確かにありますけど、大丈夫です。帰ります。ありがとうございます、獄寺さん。」
あの、もしかしてオレってマフィアのボスになっちゃいましたか?とか聞きたかったりするけど、少なくても命短く死んでいるわけではなさそうだし、また十年後のランボが言っていたようにパラレルワールドかもしれないのだ。
勝手なビジョンを持ってしまうよりは、何も聞かないほうがいいとツナは判断した。
「…オレに敬語は使わなくていいですよ。いつも通りにお呼び下さい。」
自分をさん付けで呼ばれたのが気になったのか、ちょっと困ったような顔をして獄寺は言った。
あくまであなたの忠実な右腕ですと、示すように。
「えーと、じゃあ獄寺君?」
いつも通りと言われてもちょっと無理あるなあと思ったが一応普段の言葉で言ってみる。
見慣れているとはいえ十歳も年上の相手に完全にタメ語は恐縮してさすがに出来ないけど、これくらいは許容範囲だと思った。
『獄寺君』と、始めて会ったときからその呼び方は変わっていなかった。



「いえ、隼人と。」
臆面もなく獄寺は言いのける。
さらりと出た言葉は過去からもたらされたものだと、まだ知らない。
「はい?」
ツナは思わずふぬけた声を出して、ひるむかと思った。
はやと… ハヤト… 獄寺隼人という名前は知ってる。
ハイパー死ぬ気モードになったときにもしかしたら獄寺と呼びつけたことはあったかもしれない。
しかし、下の名前は多分呼んだことはない。
記憶がないのだから、拍子抜けする。
「こちらの十代目は『隼人』と呼んで下さいます。」
ぺこりと頭を下げると、短く切りそろえた髪が綺麗に揺れた。
念を押すように言葉を続ける。
「そ、そうなんだ。」
柄にもなくきょどるなよ自分、とツナは思った。
その優雅な仕草に見とれているような場合じゃないのに、思わず見入ってしまった。
しかし、下の名前?
しかも呼び捨てだなんて、でももしかしたら未来の自分は守護者全員をファーストネームで呼んでいるかもしれないと、今はそう思うことにした。
この場限りだしと思って、何とか納得させた。
「じゃあ、隼人?」
「はい。ありがとうございます。」
とても嬉しそうに、獄寺は綺麗な顔を向けてくれる。
整った顔からもたらされる、満面の美しい笑みだ。
何だろう…ツナは物凄く恥ずかしかった。
思わず顔が赤くなっていないか心配になるほどに。この無駄に高鳴る心臓はなんだ?
そうだよ。
獄寺君が格好すぎるのがよくないと決め付けた。
「こっちこそ、相手をしてくれてありがとう。もう時間みたいだ。じゃあ、また。」
たった少しの時間だったけど、それでも会えて良かったとツナは思った。
やっぱり何だろう。
もしかしたら過去に戻ったら変に意識してしまうかもしれないけど。
「はい。またお会いしたかったです…」
最後に獄寺は、物寂しそうな瞳を向ける。
それはまるで遠くに行ってしまうような、印象を受けるほどだった。
「なんで…過去形?」
その疑問に獄寺が答える余裕はなかった。
五分という時間ぴったりに訪れた白い煙は、姿を消すのに時間はかからない。
甘い時間は終わってしまったのだ。
包まれる煙は、少しだけ愛しい人の姿を遠くに追いやってしまう。

さようなら十年前の…
本当にありがとうと言うべきなのは、こちらの方だった。
そして次に現れる人物を想定して、獄寺は身構えた。
僅かな風によって執務机の書類がいくばかか、舞う。
晴れる雲のように厚い煙を越えて、本来ここにいるべき人物が戻ってくる。
トンッと軽い靴音がして、十年前のツナが包まれた煙より身長分だけいくぶん高い煙となる。
最初に現れたのは革靴の先で、続いて真っ黒のスーツに身を包んでいるお方−−−ボンゴレ十代目としてこの場に君臨する沢田綱吉であった。







「ただいま。」
全てがわかっていたような顔をして、ツナは軽く言葉を出した。
何事かあったような、なかったようなそんな印象で。
「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです。」
獄寺は、深い深いお辞儀を示してから、すっと身体を放す。
「懐かしい…十年前の君に会ったよ。覚えてる?」
「はい。」
ツナの瞳は真っ直ぐ見ずに獄寺は答えた。
何よりも印象深く覚えている、忘れることなど到底出来ない、あの日だった。

「オレも君が来たことをずっと覚えていたよ。君はオレに言ったね『隼人』と呼んでいるって…どうしてそんな嘘をついたの?『獄寺君』」
最後の名前の部分を強調して、ツナは冷たく言った。
また、いつもの名を呼ぶ。
現在進行形でツナが獄寺を呼ぶときは、『獄寺君』とそれは初めて会った時から一片も変わりはしなかったのだ。
「………あなたこそ、十年前のオレに『綱吉』と名前を呼ばせたのは何故ですか?」
十年前のツナを騙すつもりはなかった。それは願望…一生呼ばれることはない名前だったからこそ、真っ直ぐに獄寺は答えられなかった。
おいそれとした言葉でツナに歯向かうつもりなんてなかったが、でもずっと気になっていたことだった。
十年前に出会った出来事を、今まで二人は詳しく話し合ったことはなかった。
秘密のようにずっと持ち続けていた事。
十年前の獄寺は、ツナヨシという名前だけ機械的に感情を込めずに言った。
だから、この行為はそっくりそのまま同じことを返したに違いない。
「君と同じ理由だよ。あの時、オレは未来を知りたいとは思わなかったけど、それだけが知りえた情報だった。だから、未来はそういう関係になれると信じてたんだ。なのに君はあの日から、オレから距離を置いたね。それは、なんで?」
近寄れば遠ざかるを繰り返して、忠誠心だけしか示さない獄寺になってしまった。
その気がないなら感情なんて見せるなとは言えなかった。
自分もやってしまった同じ過ちだから。
「それは…やはり今でもオレはあなたに相応しくないと思っているからです。そしてこれからも、それは変わりません。」
やっぱり今でも思うから、頑なに変わりはしない事。
十年後のツナの姿を見て核心した。
忘れもしない、あの日、同じように「『綱吉』と呼んで」と現れた十代目に対して無理を悟った。
年月を重ねれば重ねるほどますます遠ざかり、触れることさえ許されないお方になったのだ。
これは、自分なんかが抱いてはいけない感情の名だ。
ずっと、一瞬の気の迷いを抑え続けるだろう。
結局、言っても言わなくても結果は変わらないが、ただ、諦めが早かった。
間違いを起こさずにすんだだけなのだ。



「もう、疲れたよ。」
昔のように、音を引きずり続けているのは。
いつになったら…いや、いつになっても、二人の心の距離は離れたまま平行線を保つことになる。
獄寺に改めての忠誠を示されては、ツナもそういう態度しか取れなくなってしまう。
かけられた暗示は解けたが、特別にはならなかった。
それは、叶わぬ夢。





この日を待ち望んでみたけれど結局駄目だったのだ。
獄寺が望むボンゴレ十代目になろうとすればするほど、本当に欲しいものは遠ざかってしまった。
結局変わらない関係を十年も引きずってしまった。
そしてこれからも続く。







二人が互いの名を呼び合うことは永遠永劫にないだろう。













それが、君の名を呼ぶ幻想だとしても―――
2008冬コミ無料配布本より

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