「ツナー。キラキラしてる。」
「そうだね。見える?ランボ。ツナ兄の新しいグローブを。」
「さすが、10代目です。素晴らしい。」
「ああ、スゲーな。ツナの奴。オレも負けちゃいられないな。」
「これからがあいつの本当の正念場なんだかな。山本、オレたちも修行に戻るぞ。」
「まさかこの年齢でここまでたどり着くなんて…図り知れませんね。」
「この程度で満足してもらっちゃ困るけどね。まあ、少しは僕を楽しませてくれるかな?」
「沢田!ぼやっとするな。まだまだ修行が足りん!!」
聞こえる…
聞こえる…たくさんの声が、小言が。
向けられた先はオレ?いや、違う。もう一人の。
何かが違う内側から何かを見ている。
オレが解放される―――
ばしゃっ、ばしゃっ、ばしゃっ…
首にぶら下げたボンゴレリングのチェーンを横に置き、ツナは備え付けの洗面台で何度も何度も顔を洗っていた。
アジト内の空調は保たれているので温度は快適とはいえ、繰り返される水との押収が相手では冷たいと感じるしかないほどであった。
ぽたぽたと滴る雫があったが、しばらく厚手のタオルでそれを拭う気が起きなかった。
「おい、ツナ。何してやがる。」
豊かな水が垂れ流しだった蛇口は使用者が離れると、きゅっと自然に止まる。
交るように後ろでから声をかけたリボーンは不審そうにそう言ったのだった。
「あ、なんだろう。ちょっと考え事しててさ。」
確かに、今意識が飛んでいたかもしれない。
修行で身体はくたくただけど、ベッドに倒れこむ前にかろうじてシャワーを浴びて、もう一度気を引き締めるために顔を洗っていたつもりであった。
でも、今の自分は何を考えていたのか具体的には覚えていなかった。
「おまえ…Ver.ボンゴレリングを継承してから、様子がおかしいぞ。」
今は専門的にツナの家庭教師をしているわけではないが、さすが付き合いが長いのでその不自然さをリボーンは感じ取った。
確かに試練事態は伝説にも近く、歴代の大空のリングを継承したものしか詳しいことはわからないのだが、それ以上の何かがあるように見えたのだ。
それとも間近に迫った生命の危機を脱したことによる安心感から拍子抜けしているのか、それは本人でなければ定かではないことでもあった。
「気のせいだよ。オレ、ちょっと疲れたのかもしれない。」
少なくても身体はボロボロだったから、目の前に見えているそれを言ってみる。
確かに自分の中でわからないものがあるけど、精一杯過ぎてそれを気にするほどの余裕はなかったから。
「なら、いいけどな。一眠りしたら、またラル・ミルチがトレーニングルームで待っているそうだ。時間がないことを自覚しろよ。」
いつもどおり厳しくそう言い捨てると、今、目にかけてやっている山本の指導をするために、リボーンはその場から出て行った。
「わかってるよ。」
さっさと消え行く、後ろ姿にツナは声を返す。
昔から比べればすんなりと受け入れられるようになったものだ。
ラル・ミルチのスパルタ度はリボーンより違う意味で重かったが、みんなを守るため不思議とそんなに嫌ではなかった。
ツナもまたその場を離れて自室を目指す。
ただ、目の前の鏡…自分しか映っていない筈なのに、なぜか後ろを振り向いた時に髪を引っ張られた気がした。
獄寺と二人部屋なのでパチンっと明かりを灯すのは本来ならば躊躇うべきなのだろうが、生憎獄寺はなかなかこの部屋で寝ようとしない。
今回の修行の師匠にあたる姉のビアンキに聞けば独自の修行をおこなっているらしく、他の部屋に閉じこもることが多いので、ツナは遠慮なく明かりをつけた。
実際ツナも就寝以外でこの部屋を利用していないので、その時間もわずかであった。
簡易な2段式ベッドと机しかないような部屋だが、一応上をツナの寝所としてあるので登り上がる。
身体は心底疲れているので、ぐっすり眠れるであろう。
ベッドに潜り込むと、明かりを消して、重い瞼を呆気なく落とした。
10年後。仲間。修行。匣。敵。リング。
様々なことが頭の中を駆け巡ったが、それを処理する余裕は今のツナにはなかった。
そして夢を見た。
「今、動いているのはオレじゃない…」
そう思い、口に出したはずだったが、それは言葉にはならずに誰も届かなかった。
自分はずっと沢田綱吉だと思っていた。
いや、思いさせられていたのだ。そうでありたいと。
だから何も考えたくなかった自分がいる。
目の前で、沢田綱吉が普通にみんなと話をしている―――でも、彼はオレじゃない。
いつものように眠った後、意識は酷く曖昧であったが、次に目をあけると身体の自由がきかなくなっていた。
最初は金縛りにでもあったのかと思ったが違い、自分の存在がなかったのだ。
状況を理解するに、どうやら精神体のような浮遊物体になって沢田綱吉の身体についているようだった。
この身体の中では圧倒的な存在として違う自分がおり、自分の存在は微塵のようで何も出来ない。
「気がついたか?」
夢の世界で、そう自分に対して話しかけてきたのは、他でもない自分であった。
額に死ぬ気の炎を宿しVer.ボンゴレリングを身につける、もう一人の自分はこちらと対峙している。
「まさか、オレなの?」
幻にも見えるようなもう一人の自分が、目の前で意志を持って話しかけてくるだなんて、ツナには俄かにも信じにくいことだった。
「そうだ。こうやって話をするのは初めてだったな。オレはずっとおまえを見ていたのに。」
自分と同じはずなのに、低い音程で切なく彼はそう言った。
深い瞳で、真っ直ぐにこちらを見据えている。
「そうだけど、何で。」
もう一人の自分は同じ存在だと思っていたから、ツナからすればそれほど意識はしていなかった。
ボンゴレ特殊弾を使われた際の状況下でしか有り得ないと思っていたのに、確かに彼はここに居るのだ。
「ツナ。ダメツナ。ツナさん。沢田。10代目。ボンゴレ。皆に愛される…沢田綱吉。最後はどこに行く?」
それは、絶賛の音程だった。
「何、言って…」
目の前の自分の言葉の意味も状況もわからなかった。
ゆっくりといろいろな自分の名前を、指折りに呼んで問いかけられる。
「おまえは、最初から最後までオレのものだ。だから、誰にも渡さない。」
彼はそれだけ言いきると、意識がふっと離れていくように、炎が遠ざかって行った。
「ちょっと待って、どういうこと何だよ!」
自由にならない身体はもがくことさえ出来なくあった。
唯一の手段の声をツナは発するが、儚く伝わりはしない。
「おまえは、ずっとそこで見ていればいい。」
ずっと見守って来た―――やっと取り込める。
甘い夢の中で…閉じ籠るツナ。
違う、オレじゃないんだと叫んでも、誰も気がつかない?
そして、成り代わる彼は沢田綱吉のようにふるまっていた。
当たり前だ、彼もオレなのだから。
明くる日の世界、檻籠の小鳥はオレだけのものになっていた。
左手に水鏡を、右手に酔狂を
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