今日というこの日を、ツナは指折りで数えていた。
その日は綺麗な欠けた月が空にある日で、ツナは自室の明かりを昏々と付けたまま軽くベッドに腰掛けていた。
唯一、時間を潰すために珍しく図書館で借りてきた、比較的文字の大きい有名図書を片手にするが、そわそわして気は全くそちらに向きはしなかった。
おりしも時刻は日付変更の少し前で、虫の鳴る声さえもなく、静か一辺倒である。
――― 来る
身に宿る超直感が素早く反応して、ツナは無造作に読んでいた本をベッドの横に追いやると、すくりと立ち上がった。
滞りなくやってきたのは、ここにいる筈のない人…
自分と同じ顔と言われてもピンッと来ないくらい整った顔立ちの、透き通るような金の髪に、黒地のマントを翻した、ボンゴレプリーモ…彼であった。
最初は驚いたものだが、揺るぎない瞳を携えてプリーモがツナの前に現れるのは初めてではない。
むしろ、ちょくちょくと言った方が正しいのかもしれない。
大空のボンゴレリングと今は呼ばれる世界を創造したと言われたトゥリニセッテの一つに、プリーモは宿っているらしい。
自由自在と言うわけではないが、時折その所持者であるツナの様子を見て心配をプリーモはしてくれて、何度も姿を現してくれたのだった。
だから今日も、何度かあるうちの一回に過ぎないと思っていた。
「やあ、デーチモ。今日は随分と遅くまで起きているようだね。」
時間帯が遅いというのにいつもより凛としている、来孫の姿を見てプリーモはゆっくりとそう言った。
自分にはもう時間的感覚というものはないが、ツナの都合が悪ければその寝顔だけ見て今日は退散しようかと思っていたので、少し意外に思えたのだった。
「あなたが来るのを待っていました。」
身長差から決して同じにはならない視線ではあったが、目を合わせてツナは静かに伝えた。
「私に何か用なのかね?珍しい。」
と、少しだけ驚いた様子を見せてプリーモはツナへ問いかけた。
本当に珍しいのだ。
大空のボンゴレリングを継承したのが初めてプリーモとツナが出会った時であったが、こうやってツナの生きる世界に姿を見せた最初は相当驚かれたものだ。
しかし、プリーモの姿は大空のボンゴレリングを継承した者にしか見えないため、騒ぎたてて誰かに言っても解決するようなものではなかったし、頻度を増すにつれて次第にツナ自身も慣れていったという経緯があったのだ。
ただ、突然登場するプリーモだからこそ、当てにされたりすることもなく、今まで過ぎて行ったので特別な用があると言われたのは初めてだった。
問われたツナは少し時間をおいて、すぐには答えようとしなかったが
やがてゆっくりと、次の言葉を口にする。
「オレ、プリーモのことが好きなんです。」
プリーモと同じとされている亜麻色の瞳、だがそれにうつる色は決して同じではない。
その真摯な瞳で、必死に訴えをかけたのだ。
二人の視線が故意に絡み合う。
こうやって、向き合うのは本当に珍しいことで、それだけで何かに魅了されたようになる。
「なんだ。そういう冗談が流行っているのか?」
プリーモはいったん目をまるくしたが、直ぐに言葉で切り替えた。
いつもより口調は軽く返して、手振りでおどけたリアクションをしたのだ。
「………驚きましたか?今日は、エイプリルフール。嘘をついてもいい日なんですよ。」
先ほどの真っ直ぐな瞳とは違う、冗談をはらんだ様子を示しながらツナは言った。
声の調子は明るく、それはいつものツナだった。
遊ぶように、これを楽しんでいるかのようにさえも見えた。
「エイプリルフール?ああ、聞いたことがあるな。しかし、私に嘘を付くだなんて、いけない子だね。」
びっくりしましたかというツナに対して、おもしろいとは返さずに呆れた様に、プリーモは息を一つ落とす。
「プリーモは、何を言っても動じなさそうですから。ていうか、エイプリルフール知ってたんですね。」
残念だと、ツナは目を見開いてオーバーリアクションで肩を落した。
気難しく堅苦しいという印象をもたれているプリーモに対して、そんな事を言ってくる人物はいないと思ったから、もしかしたら騙されてくれるかもしれないと、思っていたのに惨敗だった。
一瞬でも騙されてくれたら、の表情を見てみたかったというのに。
「イタリアでは、日本のようなエイプリルフールではないがな。」
あまり表立って派手にやるようなイベントではないが、エイプリルフールだからということで簡単な嘘をつくくらいは浸透している。
プリーモ自身が嘘をつかれたようなことはないが、周りがやっているのを見ていて知識というレベルでは知っていた。
また随分と奇妙なイベントだと感心した遠い目で、他人事のように。
「そういえば、プリーモは嘘をついたことはないんですか?」
ふと出てきた疑問を、ツナは口にする。
嘘をつくなどプリーモのイメージではないが、昔からこの性格かどうかなんて、ツナにはわからないから聞いてみた。
「数え切れないほど嘘はついてきたさ。」
少し視線を外して、プリーモは思い出して言った。
それがマフィアのボスとして必要だったからこそ、何度も何度も嘘ばかりついていた時もあったものだ。
「そう、なんですか………じゃあ、オレにも嘘をついたことがあるんですか?」
普段は見せない、僅かに垣間見られたプリーモの本当の姿に恐怖というより、興味がツナには湧いた。
いつも優しく自分を見守ってくれるプリーモが嘘で塗り固められたとは思いたくなかったのだった。
「ああそうだな、お前には嘘をついたことがなかったかもしれない。私は、お前には嘘はつきたくないから。」
心配するツナにプリーモはそう言ってやった。
だから、お前にだけはついたことはない。これだけは本当なのだ…と示すように。
「それなら、折角だから嘘をついてみて下さい。今日なら、罪悪感もないだろうし。」
ぽんっと、名案が浮かんだの如くツナは提案をする。
こんなお遊びをプリーモが快くは思わないとは思ったが、プリーモの嘘というのを聞いてみたかった。
一体、どんなことを言うのだろう…と。
「そうだな。じゃあ…」
意外とあっさりプリーモは、ツナに賛同する。
この時は、珍しい気まぐれが発動しただけだったのかもしれない。
考えと共に時間が経過して…
やがて、その言葉を口にした。
「好きだ。」
甘く痺れる、その偽りの言葉を。
「これで満足か?」
凍り付いた空気をほんの少しだけ溶いたのは、続くプリーモの言葉で。
ツナと同じように、少し似合わない冗談交じりの声を出した。
「………あのオレ、プリーモに見てもらいたい物があるんで、下から取ってきます。ちょっと、待っていて下さい。」
ツナは返事をせずに、それだけを最初に口に出すことが出来た。
俯いたまま足だけを急かして、くるりと後ろを向く。
「嘘を、ありがとう」
最後に少しだけ振り返りそう言って、パタンッと閉じられた音だけが響いた。
嘘という名の嘘(1/3)
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逃げるように、遠ざかるツナの足音。
それが自分でもわかって、うるさかった。
でも、ゆっくりなんて階段を降りることは出来なかったのだ。
…我慢をすればいい。
時間帯的に廊下を走っていても、誰かとすれ違うだなんてないとはわかっていたが、うつむいて急いでリビングへと向かう。
母親も居候している皆もとっくに寝ている時間帯で、暗く、誰もそこにはいなかった。
そして、ツナ自身も何か特別な用なんて本当はなかった。
エイプリルフールという日を、ツナは待ち望んでいた。
姿を表してくれるのは本当に気まぐれで、今日は奇跡のように彼は完璧な姿で自分の前に舞い降りた。
めったに来ないのにそれでも欠けた月明かりとともに今日来てくれたのはと、勝手に期待をするんだ。
現われるか分からないのにそれでも、そうでなければいけないくらいの秘めた想いを、嘘という名の嘘を口にし、プリーモへ本当の想いを告げる。
そのために
初めから駄目だとわかっていたから、プリーモから「そういう冗談が流行っているのか?」と言われたときに、用意しておいた保険の言葉があっさりと出せた。
でも、明るい調子の声が裏返りそうで、見抜かされそうで怖かった。
自分でもわざとらしく聞こえて…何をやっているんだと、心の中で自身を叱る。
引きつった笑みになっていないか、気を使って笑った。
傷つく前に、自分で傷をつけておけばいい。
そう思ったのに、遊びで言ってもらったプリーモの意外な言葉に一瞬でも騙されてしまった自分が浅はかだった。
嘘をつかれるとわかっていたのに、それが前提だったのに
それでも…信じてしまいたかった。
とても居た堪れなくて、ろくな言葉も言えずに不自然にプリーモの元を去った。
この涙を見せることはできなかった。
今日というこの日。
たった一つだけ嘘が許されるとしたら…何を願う?
その嘘に騙されることが出来たなら、どれだけ幸福だろうか。
「……馬鹿だ…俺。」
(好きだ。)
瞳をとじて、思い出して…
この身に焼き付けて…
もう永遠に言われることのない、彼の言葉を刻みつける。
嘘という名の嘘(2/3)
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パタンッと閉じられた音を、プリーモはどこか遠くのように聞いていた。
突然冗談を言って、突然去って、何だったんだ…一体。
それが、漠然とある心。
嵐のようにけたたましく、空虚に満ちた胸の中の何かをごっそりと攫われた様な気がした。
でも、それが何なのかはわからない。掴めない。
わけがわからない…
プリーモには理解しがたい行動を、以前からツナはすることがあった。
それは自分に対する冗談なのだろうと思っていたし、ツナ自身もそのように振舞うことが多かった。
なので、それに便乗をしたつもりだった。
それでも、嘘はつきたくない。
だから、嘘という名の嘘をプリーモは口にした。
あまりにも存在が違いすぎるのだから、本当を言えるはずもなかろう。
可愛い可愛い子孫を見守り続けて、こうやって実体化までして、何をやっているんだ、私は。
こんな干渉行動が、許されるわけないだろう。
カチリッ
思慮にふける最中、壁にかけられたシンプルな時計が静かに秒針を傾けた。
日付が変わり、エイプリルフールという日の終わりを告げる。
そして、新しい日の始まり。
それを確認して、プリーモはもう一度…この場にはいないツナへ真に迫った顔を見せて告げた。
「好きだ。」
いつか本当に消えてしまうその日にも、伝えられない。
0時を越えても変わらぬこの言葉。
これこそが、本当の嘘なのか?
嘘という名の嘘(3/3)
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