二度と、生身の身体で彼と出会うことは出来なかったが、もうそんなことはどうでも良かった。

しと しと しと
雨が降るのは、誰の為?
こんな鬱蒼とした森で、今更雨なんて必要ないのかもしれない。
ぽとりっと泣いた並盛町。
それは、死した一人の人物への嘆き。











使い捨ての体なんていくつもある。
その日、六道骸が実体化したのは、名前も顔も忘れてしまった身体だった。
辛うじて覚えているのは、比較的年代が近い男だったということぐらいだろうか。
骸が契約をするのは、相手に対する相性も多少はあるが、それ以上にその身体が使えるかどうか、その一点に絞られていた。
保険をかけるために闇雲に契約をしていっても構わないのかもしれないが、それは骸の美学に少々反するし、何より面倒だと端的に考える。
だが、幻想散歩によりこの男を傀儡にした利用価値は戦闘能力の高さでも頭の良さでもなかった。
ただ一点。
並盛町近くに住んでいる日本人という理由。
この男は刑務所に入るわけでも、悪事を重ねたわけでもなかった。
たまたま骸の包囲網に捕まってしまったという不運だ。
鉄壁と呼ばれる復讐者の牢獄に完全体勢で監禁されているとはいえ、骸の情報収集能力は高かった。
クローム髑髏をはじめとするいくつもの駒を持ち操り続けるので、意識を奪って生死をかけて動いてもらう。
それに、長くは持たないとはいえ実体化をすれば出来ぬことなどない。
だから、これでもいち早く男の身体を乗っ取り、並盛町に赴いたつもりであった。
間に合うと思っていたが、間に合わなかった。

ミルフィオーレとの交渉の場へと現われた沢田綱吉は、その瞬間にあっさりと射殺された。
それで、終わりなのだ。











雨よ、降ってくれてありがとう。
骸の身体を容赦なく濡らす淡い雨。
避けることも退けることもできるのに、もうそんなことは意識下にはない。
骸が立ち止まるのは一つの理由。
目の前にある棺桶をここまで運んできたからであった。
ボンゴレ日本アジトに丁寧に置かれていたものを、安々と。
術によって簡単に浮遊させられるとはいえ、 こんな深い森の中まで運んでくるのにはそこそこの時間が必要だった。
それは、これから巻き起こることを、誰にも邪魔はさせるつもりはなかったから。
未だミルフィオーレファミリーによるボンゴレ狩りが容赦なく続く中、ボンゴレ関係者にこの棺桶を探しにくる余裕など、ないだろう。
元々仮アジトのようなあの場所には守護者や一部の技術者以外の一般人はいないのだから、人員的な余裕はない。

棺桶を濡れない木の下まで移動させて、骸はゆっくりとふたを開いた。
重い筈のふただが、力を使うのですっと独りでに開く。
そこに横たわる沢田綱吉の遺体を見下ろす。
「おかしいですね、君は僕が殺したかったのに。」
彼は死んでいる。
それなのに、訪ねてしまうのは、なぜだろう。
魂を呼び戻すことは輪廻を渡ってきた骸の力を持ってしても無理なことであった。
もはや、彼が生き返ることなど永久にないのだ。
「酷いじゃありませんか。待っていてくれないだなんて…」
クローム・千種・犬による、骸の脱獄計画は失敗に終わってしまった。
牢の中にいても実体化によって外にいるのとさして変わらない生活が送れるというのに、それでも外へ出たかったのは一つの目的があったからこそ。
何百人もの器を得ても、選んだ彼が居たのだ。
ツナの頬に落ちてきた雨水を骸はさっと払いのけた。
そのまま冷たいままの頬を実感する。
こんなに綺麗でも彼は生きていないのが、なんて笑える事実なのだろうか。
しゃべらない。動かない。瞳を開かない。



骸が右手をすっと一振りすると、軽く生み出されるのは、具現化した三叉槍。
尖った剣先を示し、ピッとツナの白い頬を切りつけた。
うっすらと滲む赤い流血が、細い顎を伝い、スーツのシャツに染みを作る。
黒くない…まだ血はかろうじて巡っていたのだ。
骸が意識を集中させると、どさりっと身体が落ちて草むらにばらばらと沈む。
契約における実体化が一時的にだが解けたので、本来の男の姿が出て来たのだった。
ただ、クローム髑髏やグイド・グレコより無理やり長く実体化をしていたため、身体の酷使は酷いものだった。
やはり特異体質でなければ、骸の力を長く留めることなど出来はしない。
辛うじて生きてはいるが、このまま放置すれば簡単に虫の息だろう。
だが、今の骸にそんなことはどうでも良かった。

むくりと立ち上がる新たな身体があるのだから。
何度も夢に見たほどの…
初めての身体を、骸は動かした。
抵抗が欲しかったが、悲しいほどにすんなりと動いてしまう。
その表情はどこまでも違ったが、見目ではまるで沢田綱吉が生き返ったかのように、この場にあり続けるのだ。






積年の願いだった契約が成される。
ただ、死した彼と契約なんてしたくはなかったが、これしか道がなかったのだ。
これから骸は、永遠の器として死んだツナの肉体で生き続けることになる。















そうでないと、また彼は死んでしまうだろう?













ワルツを君と

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