獄寺隼人は敬愛する沢田綱吉のことが、好きであった。大好きであった。
そう、自分自身を思いこませていた。
「これ、受け取ってくれないかな?」
「はい。喜んで!」
獄寺は条件反射のように、それを簡単に受け取った。受け取ってしまったのだ。
この時、何も考えてはいなかった。
ツナが自分に物をくれる機会などそれほど多くはないのだが、日常生活の中に稀には存在する。
それは…他の女生徒からもたらされた獄寺宛のラブレターだったり、些細な学校関連の物品だったり、色々ではあるが、確かに存在するのだ。
獄寺にとっては、その物自身に対する認識なんて、一拍置いた後でいいと思っている。
とても大切なことは、10代目がそれを自分に下さったとのことなのだから。
彼からもたらされるものは、何であろうと構わない。
物に罪はないというが、反対に獄寺にとってはどんな物でも最上級品に見えるのだから。
そして、今回ツナから渡された物が、あっさりと獄寺の手の上にちょこんと乗る結果となった。
「10代目、これは何でしょうか?」
ようやく辿り着く中身への関心が疑問への声へと変わる。
手のひらサイズのシンプルな白い箱に少々の飾りが見られて、中に何かが入っていることが伺えるが、重さや形からは中身は判断できなかった。
「…えっと………チョコレートなんだけど。」
てっきりわかっていて受け取ったんだと思ったツナは、困惑しながらもそう伝えた。
ここでようやくツナ専用の頭になっていた獄寺の脳みそが通常稼働をする。
本日はバレンタインデー。
いつも側にいるというのに、わざわざ10代目に呼び出される。
場所は校舎裏の獄寺がたまに昼寝をしているところ。
朝から、なぜか妙にそわそわしていた10代目が待っている。
チョコレートを渡される、現在。
………トンカチで頭を殴られるような衝撃を受けて、獄寺はしばらく固まった。
このチョコレートが、ツナの母親である奈々からもたらされたという可能性はないであろうか。
でもそれなら、わざわざこんな人気のない場所に呼び出しをするとは考えにくいし、何よりいつも沢田家にお邪魔しているのだから、家に呼べばいいのだ。
だから、つまり、これは…
「突然、ごめんね。オレ…獄寺君が好きなんだ。」
それが、ちょうど1ヶ月前の出来事。
今年の3月14日ことホワイトデーにあたる今日も、学校へと行く平日に当たった。
それが、幸いなのか不幸なのかは獄寺には判断付きにくかった。
ともかくだ。日本の風習では、ホワイトデーにバレンタインデーのお返しをしなくてはいけないことになっているらしい。
バレンタインを貰うことの多い獄寺ではあったが、あまり身をしめて受け取ったことはないので、お返しなんてしたこともなかった。
だから、最初で最後限りの出来事となるであろう。
あの日。ツナからチョコレートを受け取った獄寺は、それで終わりとなってしまった。
獄寺自身が固まってしまい、うんともすんとも言えない結果となってしまったので、その場限りで話は終いになったのだ。
それから多少ぎこちなくはあったが、それでも普段通りに二人は過ごした。
はたから見ればいつもどおりに、でも当人たちのふとした仕草は微妙になっていた。
瞬く間に過ぎ去った一ヶ月で、さすがに獄寺もこのホワイトデーにきちんと言わなくてはいけないとわかっていた。
風は春へさしかかろうとしているが、天気は生憎の空模様だった。
二月の厳しい寒さは過ぎたとはいえ、薄手のコートを羽織らないと風邪の心配があるほどで、特に今日は少し小雨がぱらついていた。
「…10代目、少しお時間よろしいでしょうか?」
一ヶ月前にツナに呼び出された同じ場所へ、今度は獄寺がツナを呼び出した。来て頂いた。
共に校舎裏へと向かう足取りは重く、まるで鉛を背負っているようにゆっくりと歩いた。
校舎裏と言っても、生徒が適当だが清掃はしているので、さほど汚かったりはしない。
コンクリートの壁に近づけば、本降りしていない小雨ぐらいは軽く凌げる構造となっていた。
その場所につくと、今度は依然と立ち位置が逆になるように、一定の距離をとって獄寺はくるりとツナの方へと向きなおった。
さすがにツナだってこの状況に立たされれば、これから獄寺がする行動の一つや二つはわかる気がする。
だからこそ、黙ってその時を待ったのだ。
「これ、クッキーです。10代目のお口に合えば、いいのですが…」
何をお渡しすれば良いかわからなくて、とりあえず無難な物をチョイスした獄寺はそれを渡した。
本当ならば普段のセンスを生かして様々な物を取り寄せることも可能だったが、今回に限ってはまるでその才能が機能しなかったのだ。
一番大切な時に使えなくて、なさけない反面、ツナ相手だけには下手な物をあげられないという気持ちがある。
以前、ツナいわく高価なプレゼントいうものを何の脈絡もなく渡したら、とても困った顔をされたのだ。
もうあんな顔は見たくはない。
「あ、ありがとう。」
ちょっときょどったツナだったが、差し出されたクッキーの箱を何とか受け取った。
「それで、あの…先日の10代目のお言葉なのですが………」
そこまで言うと不自然に獄寺は言葉を区切った。
つまりというかまさしく、バレンタインデーでのツナの告白のことを言っているのだ。
ああ、勝手に手が震えるのをツナはせき止めるのが精いっぱいであった。
「…冗談ですよね?」
「え…」
ツナは獄寺の言った言葉が理解できなかった。いや、したくなかったのだ。
獄寺の言葉は、取ってつけたような表情と共に落ちたのだから。
なぜ彼はこんな言葉を言うのであろうか。
自分は彼が好きだとはっきりと伝えて、それで…自惚れではないがこんなことを言われるとは思ってもみなくて……
有無を言わさないようなその冷たい言葉、否定をしないで下さいと懇願する目、無理やり作る引きつった笑顔。
何もかもが拒絶をされたのだ。
わかってる。わかっていて、あえて獄寺はこう言っているのだ。
どこまでも不自然な冗談という言葉に、全てをこめている。
本当は嫌いとか好きとかそんな水準じゃない、だからこそ聞かなかったことにした。
獄寺はツナを遠まわしに断った。
その事実だけが、目の前に落ちている。
「そうだよ。冗談に決まっているじゃないか。」
と、獄寺の望みどおりの返事をツナはしてあげた。
なるべく明るく勤めて、きちんと自分は笑えたのかと、それは獄寺にしかわからない。
そうやってわざわざ言ってあげたというのに、なぜか獄寺の顔の曇りは晴れなかった。
二人とも同じ表情をし続けていた。
泣きたいのに、泣けないよ。
しとしとと降り続いていた淡い雨は、やがて凍えて雪となる。
誰の為に降っているかなんてわからない。
ほどなくすると二人の視界は、白い雨でいっぱいとなった。
だから嫌なんだ…
白い雨が綺麗すぎる
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