それは、いつものことだった。

「10代目、ちょっと先に行ってて下さい。オレ、用があるんで後から行きますから。」
明くる日の朝、普段どおりに沢田家まで迎えに来た獄寺と一緒にツナは学校へと向かっていた。
ちょうどリング争奪戦が一段落し、やっと平穏な生活に戻れると思っていた最中に、獄寺からかけられた言葉であった。
「え、どうしたの?」
学校めんどくさいなーなどの他愛のない会話の中で、ふいに言われた言葉だったので、ツナはあまり気に留めていなかったが、そのまま行かせてしまえる性格ではなかったので尋ねる。
「…ちょっとタバコを切らしちまいまして、買ってきます。」
そう言って、ポケットを探る仕草をする。
「あまり堂々と吸っちゃ駄目だよ。それと遅刻しないようにね。」
しょうがないなと苦笑しながらも、ツナは軽い忠告をした。
さすがに先生たちが居る前では吸ったりしない事は知っているけど、短気な獄寺がトラブルに巻き込まれるのは心配でもある。
正直、自分たちが家を出た時間は早いわけではないので、寄り道をして風紀委員に捕まらないようにと思った。
二人が一緒に通学していて、獄寺がその場を離れるのは珍しい事ではなかったから、ツナがそれ以上に疑問に思うことはない。
一礼をしてから、ふっと身体が離れていったのを少し見送る。



それきりだった。
次に会ったとき、彼は既に冷たくなっていた。
信じられなかった。
つい数時間前には自分にしか見せない笑みを向けてくれていた、獄寺が死に面しているだなんて。






このあたりの記憶はあやふやだった。
昼に差し掛かる四限目が終わってもいつまで経っても登校してこないので、もしかしたら面倒くさくなってサボっちゃったのかなあと思っているツナの元に来たのは、望んでいる彼ではなく家庭教師であるリボーンだった。
リボーンが神出鬼没的に学校へと表れるのはもうあまり珍しくないことなので、昔よりは驚かなくなったが、その後の行動は意外なものであった。
有無を言わさず「付いて来い。」と、短く言ったリボーンは、ちょうど来日していたディーノを引き連れていた。校門前まで行くと、そのまま後ろから飛び蹴りを入れられてツナは黒塗りの外車に押し込まれた。
瞬く間に発信知るが、無言が続く車内で耐え切れなくなって「どこに行くんだよ。」とツナが聞くと、厳しい顔をしたリボーンの代わりにディーノが答えてくれて、「ボンゴレの息がかかった病院だ。」その後、ディーノ自身も黙り込んだ。

そして対面した彼は、集中治療室のベッドの上に横たわっていたのだ。









「………嘘だよね?獄寺君…どうして、こんな…」
その呼びかけに反応できるような状態ではなかった。
数多くの計器と配線に囲まれた獄寺は、そのまま生をかろうじてつなげられているだけだった。
厚いガラス越しに手を付いて、ツナはずるずると崩れ落ちた。

「ツナ。獄寺はおまえを守ってこうなったんだ。現実をきちんと見ろ。」
「え?」
追い討ちをかけるかのように静かに響くリボーンの声がツナに突き刺さる。
突然、何を言われているのかわからない。
「今日の朝だけじゃない。次期ボンゴレ10代目としてリングを継承した奴を、敵対ファミリーが放っておくわけないからな。獄寺は刺客に気が付くたびに返り討ちにしていたんだが…」
継承する前から度々狙われていたのだが、正式に決まった昨今はその比ではなかった。
巨大なボンゴレファミリーには大きさに比例して無数の敵がいる。
まだ小さな10代目を早々に潰そうという思惑は、想像以上に渦巻いていた。
獄寺は忠実な右腕としてその責務を果たしていた。
そう、今日という死へ至る日まで。
「じゃあ、そのせいで…」
たまに節々を怪我をしていることは知っていたけど、喧嘩しているだけと思っていた。
血の気が多いことは気が付いていたし、何か聞いても名誉の負傷ですと冗談のように言われた。
監視も牽制もツナの知らぬところだった。それ全てを…だなんて。
嫌だ。こんなの見たくなかった。
知らなかった。そんなこと一言も言ってくれなかったのだ。
ただ笑って彼はいつも近くに居てくれた。守ってくれたのだ。
「ああ。まさか日本の街中で自分の体に時限爆弾詰め込んで突っ込んでくる特攻野郎がいるとは、さすがの獄寺も思わなかったんだろうな。相手と一緒にこうなった。」
容体が落ち着いたということは生かされているということで、今にも消えようと揺らめく燈なのだ。
少し起き上がって、ツナが獄寺を改めて見ると爆発に巻き込まれた様子がうかがえる。
不定期な機械音と共にそこに居るだけだ。
このまま、ただ眠っていてくれていればどれだけ幸せと思えただろうか。
ぐっと目をつぶると止めどもなくツナの頬を伝う涙がある。
「襲ってきた奴は死んだが、どこのファミリーかは割れてる。本部へ連絡はしたから片はつくだろう。だが、獄寺はこれ以上、手の施しようがねえんだ。」
ボンゴレ10代目を狙ったのだ。
どれだけの報復が待ち受けているか、その覚悟ぐらいあるであろう。
結果として、奴らはうまくやったのだ。
ツナの身体にダメージを負わせることは出来なかったが、ツナ自身の心を酷くしたのだから。
「ねえ、シャマルは?シャマルなら何とかしてくれるよね。」
すがるものがもう思いつかなくて、咄嗟に出た医者の名を呼んだ。
「もう見てもらった。シャマルだって神様じゃねえ。不治の病ならともかく、これだけの外傷を瞬時に治せない。それに、もう獄寺には脳死判定も出ている。どうする、ツナ?」
シャマルもこの場に居る他の医者も出来る限りの最善を尽くしたが、運ばれて来た時点であの状態では仕方ない。
残酷な言葉をリボーンは次々と投下する。
どう思っていても、これが現実なのだから。
「どうするって…」
自分に問いかけをされる理由がツナには理解できなかった。
医者でも何でもないし、信じたくはないが本当に獄寺が脳死までしているのだとしたら、言葉で伝わるような状況でないことぐらいはわかったから。
「獄寺の父親もマフィアの一員だ。ファミリーに属した以上、息子のことはボスに任せると言われた。ビアンキもそれはわかっている。あとはお前次第だ。」
獄寺を生かすも殺すもツナの手に委ねられたと、リボーンは言いきった。

選べる筈もなかった。
彼には生きていて欲しいと、それだけを望んでいた。
隣に居るのが当たり前すぎたから忘れていたが、今居なくなってしまったら、壊れるのはツナの方だ。
失ってはいけない存在なのだから、切り捨てる道を選べる筈がなかった。





「本当にオレが決めていいの?」
何か、ひとつ壊れたような音質でゆっくりとツナは尋ねた。
その目尻にもう涙は一片も残っていない、決意の証をした目をリボーンに向けたのだ。
「ああ、好きにしろ。獄寺もおまえの選択なら何も言わないだろう。」
心の底から慕っていたツナに死ぬ時を決められるなら、本望だろうとリボーンは思った。
彼が今ツナを守ってこの状態になっていること自体さえも、願っていたことなのだろうから。

「じゃあ、死ぬ気弾をオレに撃ってくれる?」
「………」
これからツナがやろうとしていることがわかって、リボーンは押し黙りを示した。
その選択をされるとは思いつかなかったことでもあったから。
「…わかった。おまえの選んだ道だ。後悔するなよ。その代わり、覚悟は出来てるな?」
それをするのならば、もうツナは一般人として今後過ごしていくことは不可能であろう。
最後の選択を確認するかのように、リボーン自身も腹を決めた。





「ああ、もう逃げない。オレはボンゴレ10代目になるよ。獄寺君が望んだとおりに。」

大空のボンゴレリングを手にしても、そこまで真剣にツナは考えていなかった。
でも、今となっては進むべき道は一つしかなくなった。
だったらせめて、最愛の獄寺に相応しく見合った人物になることを決断したのだ。










全ての準備が整うのには随分と時間がかかったが、それまで彼は生きながらえていてくれた。

リボーンに死ぬ気弾を撃ってもらい、ハイパー死ぬ気モードへとツナは移り変わる。
そして目の前に横たわる獄寺に静かに近寄った。
触れるだけの軽い口付けをしてから、慈しむようにその身体に手を付く。





「零地点突破・初代エディション。」

無機質な白い部屋に、ツナの声がしんと響き渡った。
瞬く間に凍て付く負のエネルギーを獄寺に向けて放ったのだった。
ピキッと全身を包み込むと静寂へと誘いをかけて、冷たい氷の中へと優しく閉じ込めた。
獄寺は眠るように、身体活動が停止し冷凍仮死状態になった。

これはオレの我が儘で、本当に彼がこれを望んでくれるのかはわからなかった。
氷解を許すことになるのが、10年先か20年先かはわからない。
叶うのは近い未来ではないかもしれない。
医療技術が発達して脳死状態でも、本当の獄寺を取り戻せることになるその日まで、彼は眠り続けるであろう。
それまで、オレはボンゴレ10代目として君臨しよう。
永遠の右腕を空位のままで。

オレが死んでしまったら、この氷は溶けてしまうから、どこまでも一緒なのだ。
だから決して…

ツナは、ずっと獄寺の側に居た。
獄寺は、ずっとツナの側に居た。











「ツナ。最近、獄寺の奴を見かけないけど、アイツどうかしたのか?」
ここ数日姿を見せていない獄寺のことを不思議に思って、山本は声をかけてきた。
獄寺は近くにいれば憎まれ口を叩かれることが殆どなのだが、それでも居ないと少し調子が狂う友達だ。
元々サボりがちではあるし、冗談だか本気だかしらないが、たまにイタリアへ短期的に帰っている話を人づてに聞いていたりもしたので、別に心配とかはしていなかった。
ただ、ツナに聞けば確実に居場所は掴めると思っている。
彼はどこまでもツナに対してだけは忠実なのだから。
「獄寺君はここに居るよ。」
ツナは、ただそれしか答えられない。
その顔はきちんと笑えただろうか…





獄寺隼人は、生きているのだから。













氷棺はパンドラ 1

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