守るべき人を守れなくて、何が守護者だとあざけ笑う声が、どこからともなくと聞こえた。
嵐の守護者としての地位は、あの方がいなくなった瞬間から、重くのしかかる。
さすがに家光は隼人の気持ちを知っていたからそういう話はしなかったのだが、他の幹部からは是非という言葉を何人からも貰った。
11代目の守護者として選定される材料となるのは本当に光栄なことだったが、それを安易に受けることは出来なかった。
「なんで…オレのことが嫌いなの?」
口に出しては言わないけど知っていることがある。
隼人は絶対にオレの前ではタバコを吸わないから、本当には気を許してはいない。
『獄寺君』と呼ぶのも元々呼んでいた祖母である奈々以外には拒否をし、オレにはやんわりと断りを入れた。
他のことでも色々と遠慮されている部分が多々あった。
それは全て、ある一人物絡みの…
「違います。あなたは十分に立派になられました。もうオレなんかの手助けは必要ないのです。今日の式典が終わったら、オレはこの本部から日本支部へと戻ることになっています。11代目にはもっと同年代の相応しい方をお側に仕えさせますので。」
14年という歳月は長いようで短かった。
マフィアのボスという過酷な立場を幼い身体で11代目はしっかりと治められたのだ。
ボンゴレ血族特有の超直感というステータスがあったにせよ、並々ならぬ努力をなされていた。
補佐が必要なのはここまでだと、隼人自身も思っていた。
「そんなの認めない。車を止めて!オレ、式典には絶対出ないから!!」
もうパーティー会場は目の前に迫っていたから、運転席に向かってオレは静止を叫んだ。
隼人が自分の前から居なくなってしまうなんて、人生でも考えられないことだったのだ。
運転手は驚いたようにでも、前を向いたままバックミラー越しのサングラスを光らせる。
「それは駄目です。」
じたばたと暴れる手を隼人に先取りされそうになるが、掴まれそうになる瞬間に逃げる。
隼人の命令が聞いているので一向に止ろうとしない車だったが、運悪く信号に捕まった隙に、ロックのかかった扉は無視してオートで開く仕様になっている車窓から身を屈めて外へとバッと出て行く。
身体が小さくて良かったと思うのは久しぶりだったが、そんなことを悠長に考えられる余裕はなかった。
「11代目!」
まさかこんな方法で逃げられるとは思ってもみなくて、隼人は運転手に急いで扉のロックを解除するように言い、駆けり出す。
飛び出た高層ビル街は時間帯的に人通りが少なかったが、路地へと至ると見通しが悪い。
それでも見失わないように、急いで後を追う。
ボンゴレ11代目として身体的な訓練は随分と受けていたが、さすがに獄寺のスピードに勝てるような段階までは至っていなかった。
まだギリギリ目視出来るところまでしか行かれなかったので、急いで追いついて空いていた左手を繋ぎ止めた。
ぐっと身をその場に留められる。
「何だよ、何がいけないんだ!オレが本当は女だから不満なんだろ!!」
どんなに振っても離れない手を恨めしく思いながら、オレは声を張り上げた。
仕方ないじゃないか。オレだって好きで女になんて生まれたくなかった。
ボンゴレ8代目も確かに女性だったが、きちんと選ばれたボスだった。
自分が、自分だけが…血を受け継いでいるからという消去法で、中途半端にこの座に君臨しているのが歯がゆかった。
どんなに立派な衣服を纏っても隠しきれない細い肩が震えている。
「男としてふるまうように教育させて頂いたのは本当に申し訳ないと思っています。しかし、だからと言ってあなたが11代目に相応しくないという理由はありません。オレがあなたにお仕えしないのは、それが原因ではなく、ただの我が侭です。すみません。」
11代目が女性という事実は、確かに隼人が一番気にしている点でもあった。
周りに隠しているというわけではないが、マフィアのボスとしては女性的一面より男性的一面の方が優先されていたことは事実だった。
だからこそそれを乗り越えて11代目として正式に就任することを獄寺は誇らしくさえ思っていた。
その隣は自分の場所ではないことは前々から決まっている。
「知ってるよ。やっぱり…父さんにしか仕えられないってことだろ。オレを…私自身を見てくれた?一度でも。こんなのなら父さんに似た容姿になんて生まれなきゃ良かった!」
若すぎた父親の面影が未だに残っていると口々に言われたことをずっと気にしていた。
こんなところで使うための護身術ではなかったが、くるっと手首を回して思い切り隼人の腕を振りぬくと、再び逃げるために走り去る。
あまりの行動に足がもつれなかったのが不思議なぐらいだ。
無我夢中で、ここではない何処かへ行ければいいと思ったので、周りなんて全然見えなかった。
だからパーティー会場の方へ自ら、走って行くなんて思ってもみなかったんだ。
キラリッと高層ビルの屋上の影からの光が一瞬混じった。
元々狙っていた人物として、まさに表玄関に出てしまう事態を引き起こす。
「危ない!」
サイレンサー越しの銃声は殆ど聞こえるものではなかったが、素早くスコープの光に気がついた隼人は大急ぎで叫んだ。
距離的にも一瞬でも11代目が躊躇していれれば、良かったのだ。
ガンッ!と白亜の大理石で作られた階段に身を伏せたが、次に気がついた時は隼人に抱きしめられながら床に転がっていた。
入射角の甘い外れた兆弾が目の横を掠めて、あさっての方向へ消えていく。
狙撃は一度限りではなく、何度も的確にオレを狙った。
その弾全てを背中に受けた隼人の身体は何度も反動で動いたが、決してオレを手放すようなことはしなかった。
じわりと真っ赤な鮮血が絶え間なく吹き出し、やがて二人の周りは黒い血の海と化す。
「11代目!お怪我は?」
そう言ってくれたのは、隼人ではなくようやく追いついた護衛の男たちだった。
二人を取り囲みながら、アサルトライフルに持ち替えて狙撃犯を撃ち落とす。
ようやく狙撃は止まったが、オレはそんなことは頭にもう入らなかった。
「あ、あ、あ、…隼人!隼人!!ごめん。オレのせいで…こんな………」
身を起こして、血だまりに浮かぶ隼人の身体を起こすが、震えて力が入らない。
こんな馬鹿なことをしたのは初めてで、そしてかけがえのない大切な人を犠牲にしてしまった。
何をしても間に合わないという明白が辛く襲う。
「そ、んなことを……おっしゃらないでください。…あなたが生まれたことで、オレはどれだけ救われたことか…」
肺の内部で止まった弾のせいで音がうまく出せないが、とぎれとぎれの言葉の中で、なんとか隼人はそう言うことが出来た。
自分を責めないで下さい。決して…
もう自身が虫の息というのは、自分が一番よくわかっていた。
身体はもう動かせない段階にまで陥っていたが、それでも右手の中指にはめられた嵐のリングをごりっとなんとか外した。
既に指先は赤く染まっていたが、それでも血の海に落ちないようにと、それを11代目に渡そうとすると大空のリングにカツンッと当たった。
目も耳も五感の全てがかすれてもう殆ど聞こえないのに、何かが聞こえる。
あの人と同じ顔、同じ声で惑わされることはないと思っていたが、11代目の姿があの人に重なった。
(獄寺君―――)
ああ、懐かしい。あの人の声が最期に聞こえた気がした。
(縛られ続けていて、ごめんね)
どこまでも優しく温かく包んでくれるあの声だ。
いえ、オレは最期にその言葉で救われたんですよ。
10代目…
約束通り、お守りしました。
もし、死に急いだら怒っていらっしゃるでしょうけど、やっとあなたの元に行けますね。
あなたのいない世界で唯一オレが生きる理由を下さって、ありがとうございました。
忘れ形見に愛はない 2
back
menu