始まり偶然から起きるものだった。





「あれ?ここはどこだろう…」
ラル・ミルチによる基礎訓練の後、雲雀にみっちりと扱かれたツナの身体は現時点でかなり限界に達していた。
ふらふらとよろめく身体になってしまい、まともに立っていられなくなった時、呆れた雲雀はトレーニングルームからさっさといなくなってしまった。
彼自身はまだ余裕過ぎたが、ツナの方がX BURNERのキレを欠いていたのが癪だったのであろう。
雲雀がまた明日ここでと言うようなことは一度もなかったが、こうやって一日の修行が終わることは毎度のことになっていた。
過去の時代へと戻るために一欠けらとも休んでいる場合などないとツナの頭の中だけではそう思っていたが、現実に肉体のほうは限界をあっさりと告げるのでまだ自分が未熟な証拠だと思った。
京子やハルが協力して作ってくれた食事を取って、汗を拭う為に簡単にシャワーを浴び、所用をすませた後、さあ早めの就寝につこうかと、寝室のあるB6階へ向かったつもりであった。
ふっと極度の眠気に襲われてまぶたが重い中、止まった階でとぼとぼと歩いて居た時、違いに気が付く。
「困ったな…」
ここはB6階では紛れもなくないようだ。
エレベータのボタンの押し間違いなどという典型的なミスをしてしまうなんて、相当集中力に欠けている。
しかも、いつか部屋にたどり着くだろうと入り口から無意識に適当に歩いていた為、迷ってしまったようだった。
未来の自分が作ったアジトとはいえ、迷子になるなんて情けない。
ランボあたりなら既にしているかもしれないが、幼い子供のように探検などをしていないので、ツナにとっては初めて訪れる階であった。
間違って降りた階は今となっては何階に当たるのかよくわからないが、シンプルな部屋の詰め合わせのようだった。
山本が修行していたような道場等を備えた純和風な階もあるようだし、どんな部屋があっても別に驚かない。
とりあえず左手の法則でも使って何とかエレベータにたどり着こうかとした時だった。

「10代目!」
駆け抜けるような声が静かな廊下に響き渡って、ツナの耳へと到達する。
「あれ…獄寺君?」
誰も居ないかと思っていたのでちょっとびっくりして、ツナは後ろにいた獄寺を見た。
獄寺もビアンカの指導の元で独自に修行をしているので、今日は珍しく一緒に食事を取ったことは覚えているけど、修行の時間帯がずれていたりするので、同じ部屋で寝ているといっても、全ての行動を把握しているわけではない。
資料室にこもっていたりすることが多いようなので、まさかこんなところに居るとは思わなかった。
「奇遇っスね。10代目も自分の部屋にご用事ですか?」
いつもの明るい顔を見せながら、獄寺は訪ねる。
「え?自分の部屋って、ここB6階じゃないよ。」
まさか獄寺までもが階を間違えてしまったのだろうかと、ツナは一瞬驚く。
ダメツナと呼ばれるような自分とは違って、獄寺はとても優秀なイメージがあった。
学校の授業を真面目に受けていないのに、テストは殆ど100点で母国イタリア語だけではなく日本語もペラペラだ。
階を間違えるようなイメージでないので、ギャップに戸惑う。
「あ、はい。ただ、この階…B14階には10年後のオレたちの自室があるみたいなんスよ。オレは未来の自分の部屋に用がありまして、来ました。10代目は違うんですか?」
「そうなんだ。あ、オレはただ間違えて来ちゃっただけで。」
どうりでシンプルなわりに、この階のまとう雰囲気が違うと思った。
そういわれてみれば、最初にこのアジトに来たとき、ジャンニーニにどこで寝るかと聞かれたとき、未来の自分の部屋も候補にあった気がする。
「そうっスか。なら折角なら、10代目も未来の自分部屋を見てみますか?」
個人的にも多少の興味があったので、ついでのごとく獄寺は提案した。
運悪く直接お会いすることは出来なかったが、ボンゴレ10代目としてご活躍なされるツナの片鱗を覗いて見たい気持ちはある。
「え…いいよ。見たいなら獄寺君一人で行って来なよ。」
一瞬引き気味にツナは言った。
未来の自分の部屋なんて、正直あんまり見たくない。
だって、次期ボンゴレ10代目としてバリバリにマフィアに染まっていた現実があったら怖いから。
今は緊急時で未来に戻るために仮初めのボスとしているのは承知するけど、基本的にツナはその未来を望んでいるわけではない。
それは未来に来てから周りから何度言われても慣れないことで、百聞は無視しても一見を確定にはしたくなかったのだ。
「いえ。そうしたいのは山々なんスけど、10代目の部屋は本人じゃなきゃ開けられない仕様になっているようなんで。」
「そ、それは凄いね。」
戸惑いながらツナはそう答える。

そのまま獄寺は、部屋の開閉には生体データが必要だと伝えたのだ。
指紋認証・静脈認証・網膜認証・虹彩認証………他にも色々とあるとつらつら並べたが、半分もツナには理解を出来なかった。
今のツナは10年前の人間とはなるが、多分空くだろうというジャンニーニの言葉も律儀に添えてくれる。
「ちょうど、そこが未来のオレの部屋らしいっス。見てみますか?」
真隣の指差した先には、一つの部屋があった。
ちなみに守護者なので獄寺の部屋はツナの生体認証でも開くらしい。
ちょっと未来の技術が気になったツナは、獄寺が部屋を流れるように部屋を開ける動作を見た。
なにやら難しそうなことをしているので結局さっぱりだったが、シャッと問題なく扉は開いた。
人気を感じると、ぱっと電気がつくようにセンサーが反応するらしく、意外と明るい部屋が現れた。



「ここが未来の獄寺君の部屋なのか…」
目の前に開かれた好奇心には負けてしまい、自分の部屋はさすが怖いが獄寺の部屋ぐらいだったら…という気持ちもあり、ツナは部屋の中に一歩入ってみた。
室内は僅かに鼻をくすぐるタバコの匂いがある程度で、他は驚くほど生活感がない。
広さは十分にあったが、簡素なベッドと机とクローゼットがシンプルに置かれていた。
簡単に見回しているツナとは違い、獄寺はずかずかと入り込み、室内に物色し始めた。
「えーと、大丈夫なの?勝手にいじって。」
いや、まあ。本当は入室している時点で駄目かもしれないし、勝手に覗いていいものじゃないのかもしれないけど、獄寺の行動はかなり堂々としすぎているので、ツナは聞いてみた。
「かまいやしませんよ。どうせ、未来のオレの部屋なんスから。」
そう言いながら獄寺は、真っ白な枕元を探ったり、机の引き出しを無造作に開けたりして中の物をぽいっと取り出している。
少し乱暴な仕草にドタバタと音が鳴る。
「オレも手伝おうか?何を探しているの。もしかして、タバコとか。」
ただ突っ立っているだけでは申し訳ないなと思ったので、ツナはそう申し出た。
現在、アジトの外に出るのは困難な状態になっているので、必要なものがあれば基地内で探さなければいけない。
未来の獄寺が持っていた鞄の中にはタバコもあった覚えがあるので、てっきり買い置きなどを探しているのかなとも思った。
「あー、はい。タバコもあったら欲しいっスね。」
そう言う獄寺は珍しく、くわえタバコをしていない。
「他にも何か必要なの?」
ちょっと口ごもった様子をされたので、気になってツナは聞いてみる。
そうすると、獄寺は作業する手を止めて、ツナにきちんと向き直った。
「山本の奴から聞いたんスけど、未来のあいつは部屋に武器と匣が置いてあったそうなんスよ。オレのはアネキから預ったのだけしか把握してないんで、戦いに必要そうな物を探しに来たんです。」
SISTEMA C.A.Iはようやく完成の目途がたったとはいえ、油断は出来ない。
これから乗り込む場所は、敵の本拠地であるメローネ基地なのだ。
絶望的環境に陥るということは、直接的にリボーンから伝えられたわけではないが、状況が不利なことは獄寺にも嫌でもわかった。
ツナを守りするために、力がどうしても必要だった。
「そっか、偉いね。獄寺君は。」
自分はそんなところまで頭が回らなかったなと、ツナは素直に感心した。

「10代目は不安ではありませんか?」
自分の不安を押し付けるようなつもりはなかったが、思い切って獄寺は聞いてみた。
未来のツナが死亡しているという事実に一番飲み込まれそうになっているのは、紛れもなく本人であろう。
そんな悲観を周りにはみせずに気丈に振る舞ってきたのは、何よりこの時代でまだ生死不明な友人たちがいるからだと思った。
山本の父親であるように、他にも亡くなっている人物もいるからこそ、弱音は吐かない。
この人はなんて…強い人なんだろう。
「うん。不安だけど、オレは一人じゃないから頑張れるよ。」
真っ直ぐな獄寺の瞳を受けて、ツナも真摯にそう返した。
不安じゃない…怖くない…なんて言ったら、それは嘘だった。
本当はただ過去に戻りたいだけで、戦いたくなんてないのだ。
それでも守るべき人、守ってくれる人、みんなが居るから前向きにここまでやってこれた。

「…オレはあなたがいるから、頑張れます。」
そんなツナに流されるように、獄寺は宣言した。
オレにとってはあなただけなんですと、明確に伝えるように。
「どうして、そういうこと赤面もなく言えるかな…」
聞いているこっちが恥ずかしいと、ツナの真顔が保たれなくなる。
真に受けてしまい、かあっと逆に顔が赤くなりそうだ。
その言葉に、まるでツナの全てが包み込まれるようでもあった。



「今は未熟かもしれませんが、オレはあなたを必ずお守りします。この時代だけじゃない。未来のあなたも必ず。」
ラル・ミルチより断片的に聞いた、入江正一の正体は掴めない。
彼はもしかしたらこの世界の人間ではなく10年前の自分たちと同じ時代からやってきたのかもしれない。
全てが憶測の果て。
獄寺にとって、知ってしまった未来は最悪だった。
自分は生きているのに、ツナだけがいない世界。
それを覆すために、力強く伝えた。
「うん。お願いね。」
そう心から任せられる相手だったから、ツナは安心してそう言えた。





未来は自分たちで作るのだから。









だから、自分自身が本当に迎える10年後の世界を、この時はまだ漠然としか考えていなかった。













流転の壺 1

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