伝統あるボンゴレ10代目の棺桶が横たわるにはとても相応しくないと思われる、深い森の中。
並盛町の外れに位置するこの場所に、最愛の人を運んで来たのは獄寺であった。
死したとしても、このお方の身体だけは奴らに渡すわけにはいかなかった。
ツナがミルフィオーレの糾弾によって倒れた時、本当は獄寺も一緒に死ねたら幸せなのにと、ずっと思っていた。
それでもまだ生きているのは、やるべきことがあるからであった。
未来の仲間、過去の自分を助け続けるためにツナは自らの運命を受け入れて死へと繋がる道へと辿ったのだから、その行為を無碍には出来ない。
だから、その時が来るまで、獄寺は祈るように棺桶の前で待ち続けていた。





ガタンッ
微かに細い指が見えたかと思うと、そのまま伝わるように重い棺桶のふたがゆっくりと開く。
ああ、もう一度出会うことが出来たこのお方が、ただ単純に蘇ったのだとしたら、どれだけ………

「10代目!」
これ以上はないというくらいの大きさで獄寺は叫んだ。
がくりと膝を落とした後、小さなツナの肩を必死で掴む。
揺さぶる肩を誤魔化すようにがくがくと手が震えて仕方ない。
嗚咽が混じるようなぶざまな男の姿をさらけ出すのも構わなかったが、自分はなんて情けないのだろう。
結局、無力だったのだ。
わかっていたのに変えられなかった未来がここにあって、それだからこその過去がやってきた。
目の前のツナは10年前のツナで、同じだけど違う存在で、獄寺が知っている彼ではない。
そうだ、獄寺のツナはもういないのだから、生き返るわけがないのだ。
出会うことはわかっていたのに喪失感にさいなまれる。
最後の愛おしさは違うが、こみ上げてくるものは無限にあった。
そして、謝る。永久に。
何度謝っても謝りきれるようなものではない。
それしかできないのだ。
生きた姿を見れなくなってまだ数日しか経っていない。それでも…
「し…信じられないかもしれないんですけど…ぼ…僕は……まちがってランボの10年バズーカに当たっちゃって…」
状況を理解できていないツナは、まるで獄寺を落ち着かせるように必死でそう訴える。
「そうですね…5分しかない。」
切なさがこみ上げて、獄寺は一度目をつぶった。
5分しかない…というのは、ツナの方ではなくまさしく獄寺の方だ。
もうすぐ、短い時間で過去の自分と切り替わることを知っていたから。
過去から未来へ繋がる道しるべを残すために右腕の役目として、この瞬間のために、獄寺はここまで生きながらえたのだ。
獄寺は上着の内ポケットから入江正一の写真を取り出し、ツナへと手渡した。
そして入江正一の説明と白蘭の簡単な説明をする。
突然のことに戸惑うツナ相手だったが、詳しく話している時間はない。
目の前の砂時計は確実に滑り落ちているのだから。

「次に念のためにですが……」
「あの…一つだけ…すごく気になるんですけど……何で10年後のオレ、ここにいたんですか?」
言い聞かせるように言葉を続けようとした時、ツナの声に遮られた。
ここ…と今まさに横たわっていた棺桶を指しながら残酷なことを引きつった顔を向けながら、聞いて来た。
「!!」
「何で10年後のオレ…棺桶に…?」
答える勇気がないので押し黙っていると、まるで追い討ちをかけるように続けてツナは尋ねた。
本当の他意はないだろうが、その事実を自分に答えろなんて、なんてむごい人だ。
いや、本当に酷いのは自分なのだ。
これからのことを知っているのに、満足に守れも出来なかった。
最悪の結末をこの口で伝えることが、もう取り戻せない罪の最後に至る結果なのかもしれない。
獄寺の眉間に苦しいほどのしわが寄り、形の良い歯を噛みしめる。

「…それは………」
意を決して二の句を告げようとした時、無情にも全ての砂時計は落ちた。
包まれる白い煙は遠い昔にも感じた感触で、待ちかねていたように獄寺の身にも10年バズーカが到来したのだった。
もっと、まだ伝えたいことがあったのに、なんて短い時間。
生きたツナに触れ合える最期の瞬間であった。
出来るなら血の通った身体を抱き締めたかったが、それは叶わない。
獄寺の時代のツナが死んでしまった時点で、叶わぬ儚い夢へとなり下がってしまったのだから。








おちる おちる おちる
奈落の底ではない確かな場所へ。
肉体的な痛みはないのに、吸い込まれるという感覚を得た。
意識が落ちたのだった。



ドサッと響いた僅かな感触。
やがて身を包んだ雲が晴れて、ぼやけていた視界が鮮明に目の前に映し出される。

「ここは…」
確認するように出した獄寺の声が静かに響く。
そこは紛れもなく10年前の沢田家、ツナの部屋であった。
忘れもしない10年前の自分との入れ替わりがなされた場所で、あの時は窓の外から10年バズーカがとんできて当たったのだと記憶している。
やはりランボはいないし、原因の10年バズーカもこの部屋にはなかったのだ。
獄寺は座っていた身体を持ち上げて、その場から立ち上がった。
「10代目………」
予想通り、隣のベッドに静かに横たわるツナが居て、獄寺は反応がないのは分かっていたが呼んでしまう。
まだその顔には少年のようなあどけなさを残っている、とても綺麗な人。
傍から見れば、ただ眠り続けているようだが、死後硬直の解けた身体なだけで、実際は亡くなっているのだ。
狂おしいほど愛おしい相手に、薬品によって腐敗処理を施したのは獄寺自身だった。

今日一日が過ぎれば、他の守護者もツナの一部の友人たちとも入れ替わりがなされる。
あの場に残した鞄の中にG文字での手紙もある。
未来を自分自身の力で掴み取ってくれと、過去への自分へのメッセージは多分届いたであろうから、望みを託す。
獄寺自身は、一度だけ間接的に入江正一と接触している。
この時代の14歳…住まいも徹底的に調べ上げたのは、手に掛けるために。
次は白蘭…ミルフィオーレ…知りうる範囲出来うる範囲で、ボンゴレに仇なす存在全てを消していこう。
また違う未来、ツナが生きる世界の為に、少なくとも今の自分に残された道はこれしかない。
失礼しますと軽く言った後、獄寺は死の口づけをツナにした。



「さあ、行きましょう。」
獄寺はベッドから冷たい亡骸を持ち、ツナを抱き上げた。
10年前の自分が全てを終えて再び入れ替わりが成されるまで、この時代では一緒に居るつもりだった。
抱きかかえて行く末は本当にあるのだろうか。





『オレはあなたを必ずお守りします。』
と言った、あの日、あの時、した約束は果たせなかった。
結局守れなかったのだから、安っぽい決意となったものだ。
約束したのに、たがえてしまった。
それゆえの末路が待ちゆく。










本当に、全てが終わって入れ替わりが成されたらオレは…
10年後に戻っても何もない。
オレはどうしてここに生きているのだろうか。
彼がいないというのに、のうのうと。
戻ったら、もう本当にやることがない。

生きている意味がないのだから。













流転の壺 2

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