その夜は、とても眠れるようなものではなかった。
ごろごろとベッドの上を無意味に転がってしまうのは、そこがいつものベッドではないというせいだけではない。
簡易的な二段式ベッドの上で寝ようと必死に努力するツナだったが、そんな気分にはなれなかったのだ。
思い起こすことは、突然巻き起こった今日のことばかりで頭の中を駆け巡る。
ランボの放った10年バズーカにより、未来に来て10年後の獄寺に会い、今の獄寺と再会して、ラル・ミルチと遭遇して、10年後の山本にも会った。
そして、ずっと探していたリボーンを見つけて、ようやく霞がかかった大まかなことだけだが、未来の状況を掴めたのだった。
現在、この場に居ない他の守護者を始めとする仲間たちの生死は定かではない。
それだけではなく、これからの自分の生命の危険と過去に戻れるのかさえ、限りなく曖昧な部分が多かった。
身体を包み込んでくるのは不安だけで、ぎゅっと布団を掴んで縮こめて、がたがたと震えだす足を抑える。
今は目をつぶるのが怖かった。
「…10代目。起きていますか?」
そんな中、遠慮しがちな声が二段式ベッドの下から聞こえる。
「あ、うん。ごめん…うるさかったかな?」
下に獄寺がいるというのに、微動作してしまって申し訳ないとツナはあやまった。
後で並盛町だと判明したのだが、得体のしれないような鬱蒼とした森の中をラル・ミルチと共に越えて、野営もきちんとせずに酷使した身体は相当疲れているだろう。
それなのに眠れないほど邪魔をしてしまったかもしれないと思って、後悔する。
「いえ、そうではなくて…少しお話したいことがあるんスけど、宜しいですか?」
こんな時間にすみませんと前置きを下から獄寺は話した。
元々アジトに着いた時間が遅かったせいで、比例して今の時間も遅い。
それを考慮して本当なら明日にしようかと思っていた。
しかし、不安な様子のツナと同室では、気を後に回すことなんて出来なかったのだ。
「大丈夫だよ。ちょうどオレも眠れなかったトコだし。」
かえって人と話していた方が、正直気が紛れる。
10年前からやってきたのは、自分を含めると獄寺とリボーンだけである。
リボーンはこの緊急時でも家庭教師性格は変わらないので、そんなにゆっくり話を出来るような相手ではない。
未来の情報を知らない方が過去の人間である自分たちにとっては有意義であることはわかっている。
しかし、仲間が根絶やしにされ、自分やリボーンが平気で亡くなっているような未来があると知って、平穏無事にいられるほど強い心は持っていない。
先ほどももっと詳しい話を聞きたいと思ってリボーンに色々と聞いてみたが、結局うまくはぐらかされてしまった。
身近に居てくれて安心して話を出来る人物など、結局獄寺しかいないのだ。
「では、失礼します。」
ベッドからするりと降りた音を見せた獄寺は、そのまま簡素な梯子を登って上のツナのベッドへあがりこんだ。
そして、そのまま枕元にある小さなライトをパチッとつけた。
二人分の顔が認識できる程度の仄かな明かりが周囲をじんわり照らす。
「え…獄寺君、どうしたの?」
てっきり先ほどのままの状態で軽く話すのかと思っていたので、ツナは今の状況に酷く混乱していた。
ベッドはそれほど広いものではなく、二人が乗っても重さで壊れるようなものではないが、やはり二人で居ると狭いものでどうしても密着する。
近すぎる距離を認識して、戸惑いの声を出した。
何か、獄寺に違和を感じる。
元々様子がおかしかったのかもしれないが、自分のことが精いっぱいでそこまで気が回らなかったのだ。
「10代目。すみません…」
一言謝りを入れてから獄寺はツナに、より近づいた。
そして、そのまま露出したツナの柔らかい首筋に右手を当てる。
「ちょ…」
僅かに抵抗の声を上げるツナはびくりっと震えて、くすぐったいような何だかわからない感覚がぞくりと背中を駆け上がる。
わずかにひんやりした獄寺の手に驚きを隠せないのは、こんなことされたことはないからで、そんな状況でもかしこまっているのはわかる。
抵抗しようと腕を動かそうとすると、空いていた左手で二の腕をしっかりと捕まれた。
獄寺の顔が近く、さらさらした銀髪が触れ合いそうだった。
首筋をゆっくりさすっていた獄寺の右手は喉元にまで回り、やがてツナのシャツの中にゆるゆると侵入してくる。
肌を伝わる手の感覚に微かな身震いと困惑の色。
そうして、ツナの心臓の上まで手を当てると、そこでピタッと動きが止まった。
しばらくはそのままの体勢でいたが、
「10代目は、生きていらっしゃいますよね…」
当たり前のことなのに、確認するかのように獄寺は切羽詰まった声で尋ねた。
下がった頭を上げて真っ直ぐにツナの瞳を見つめる。
「ど、どうしたの?一体。」
ラル・ミルチと少し戦ってモスカと遭遇したりもしたが、基本的にツナに生命の危機なんて訪れていない。
そうだというのに、どうしてこんなに獄寺が真に迫っているのか、よくわからなかった。
というか、この体制は相当恥ずかしい。
心臓の鼓動の早さが、重なった獄寺の右手に直に伝えてしまう。
「生きている…今ならまだ間に合うんです。」
そう呟くと、獄寺の右手が駆け上がり、再び首筋を辿った。
長い指がばらばらに開かれてから包まれて探られたあと、瞬間的にするりと何かを首から抜かれて、ツナに喪失感が訪れる。
一体何かと直ぐには分からなかったが、抜かれた獄寺の右手に光る物を見つけた時、大慌てでツナは叫んだ。
「か、返して。」
素早い手付きで獄寺の手に渡った物は、チェーンごと絡まる大空のボンゴレリングであった。
その計り知れない存在感が重く圧し掛かる。
それでも獄寺はツナに大空のリングは返さず、今度は自分のはめていた嵐のリングを同じように指から抜いた。
手の平に乗る二つのリング。
認識をすますと、ぐっと手の中にリングを混じり合わせた。
もう、後戻りは出来ない―――
ごりっと嫌な音がツナの耳に届いた。
「なんてことを………」
呆れるとかそういうレベルではなく、ツナは開いた口が塞がらなかった。
驚愕の瞳を浮かべたまま急いで獄寺の右手を開かせると、無残なボンゴレリングの残骸しか、もう残っていない。
リングという形状も石も姿を消して、ただの金属片となってしまったのだった。
ヴァリアーとのリング争奪戦で手に入れた苦労からだけではない。
ボンゴレファミリーの…10年後の世界でも必要とされた、神聖なリングだったのだ。
これが、どれほど大切なものか身をもって知っているだろうに…恐ろしいことを獄寺はしたのだ。
「…お願いがあります。オレと一緒に逃げて下さい。」
そして、ついに獄寺はそれを言ってしまった。
それはこの世界に来た時からずっと言おうと思っていて、押しとどめていた言葉だった。
彼は死んだ 世界は救われた 1
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