ツナは、死にたくなんてないと思っていた。
いや、誰だって死にたくなんてないであろう。
だけど、自分が死にたくないといって、10年後の獄寺が言ったように、入江正一を止めて未来も過去も覆すことが許されるのだろうか。
そんな違和感だけはずっと心に持ち続けていた。





「逃げるって、何から?」
獄寺が何を言っているのかさっぱり理解できなくて、改めてツナは聞いた。
敵と言うならばモスカから、いやミルフィオーレの手の内から今まさに逃げて来たではないか。
このアジトは完全に安心できるとは限らないが、それでも間近にありそうな当面の危機は去ったばかりだ。
これ以上、逃げるものというのが想像できなかった。
「全てからです。ミルフィオーレからだけじゃない。ボンゴレからも、何もかも。他の奴らは見捨ててオレと一緒に来て下さい。」
決して冗談なんかではなく、獄寺は真摯にそう言いきった。
「何、言って…」
先ほどもそうだが、話が唐突過ぎて直ぐには処理できなくて、ツナは困惑した。
明日、ミルフィオーレに狙われている他のみんなを助けるという話もあったではないか。
もしかしたら自分たちと同じように10年後の世界に来る仲間もいるかもしれないのに、見捨てるだなんて言葉が飛び出してくるとはとても思わなかった。
それに大空と嵐のボンゴレリングを目の前に砕かれもしてしまった。
払いのけられた残骸は無残で、獄寺の見据えた覚悟は察知することは出来たが、だからといって簡単に受けいれられるようなものではなかった。
「二人なら…あなた一人だけなら守れる自信があります。だから…」
今の獄寺が持てる力は限りなく小さい。
それでも親愛なるツナだけならば命に代えてもお守り出来ると心に誓ってあるから、改めて宣言した。
「待ってよ。突然どうしちゃったの!おかしいよ。」
いくら獄寺でも突如巻き起こったことの数々に動揺していることはわかっていた。
しかし、少なくとも今まではそんなことを言い出したり、大切なリングを壊すような性格ではなかった。
他人をどうでもいいと見がちではあったが、非人道的なことを考えるほど、頭は悪くない。
それなのにどうしてそこまで、何が獄寺をそんなに駆り立てるのかと、ツナは途方に暮れた。
「おかしくなんてありません。オレはあなたのためなら、何だって出来ます。」
全てツナの為にこの身はあると獄寺は訴えた。
ボンゴレ10代目としてを望んだが、それが叶わないならツナ自身が何よりも優先されるべきことだった。
「何か、特別な理由があるんでしょ。教えてくれるよね?」
声を荒げる獄寺相手に、なだめるようになるべく冷静に聞いた。
このままでは、言葉は平行線で埒があかない。
それは命令ではないけど、諭すように尋ねることにしたのだった。
「……………」
瞳を見つめ返されたので、少し背けるように獄寺は顔を下げて、口籠もった。
まるで固く口を閉ざすように、唇をかみしめる。
「理由を教えてくれないと、オレだって何も言えないよ。」
極端な行動には何かしらの裏があると見通したので、確定的に言葉を続けた。
「言いたくありません…いえ、言えないんです。10代目を傷つけることになる。」
「獄寺君は、もう傷ついているんだね。だから今、酷い顔をしてる…」
ひたっと両手を獄寺の頬に当てて、顔をこちらに向かせた。
抵抗はされなかったが、情けない顔を見られるのは少し嫌だったせいで、視線はやはり外される。
「傷つくなら一緒がいい。だから、教えて。」
あくまでツナはお願いをした。

ああ、なんてこの人は優しいんだろう。
先ほどの自分がどれだけ酷いことをしたのかわかっているだろうに、怒らず穏やかに接してくれる。
だからこそ身を滅ぼす結果になったのだと、獄寺は悲しく感じた。





「………オレが…この10年後の世界に来た時の話を最初に簡単にしましたよね?」
確認するように、ぽつりぽつりと獄寺は話し出す。
「うん。確か、リボーンのことでランボを追ってオレと同じように、こっちの世界に来たんだったよね。」
やっと話し始めてくれた獄寺に安心しながら、ツナは言葉を返した。
あの時は、10年後の獄寺と会ったことや自分が棺桶に入っていたことで色々と動転していたが、ぐるりと頭を巡らせて状況を思い出す。
居なくなってしまったリボーンに対する原因は、直接的にはランボが10年バズーカを誤射してしまったことにあった。
だから自分も獄寺も当然のように大人ランボを呼び出して、事情を聞こうとしたのだった。
「はい。オレは10代目のお部屋にお邪魔したんです。そこにアホ牛はいませんでした。」
獄寺もあの日の情景を思い出す。
思い出したくないことであったが、ツナに伝えるためにはどうしても必要なことだったから。
「そうだったんだ。ランボはどこにいっちゃったんだろう。」
やっぱり10年バズーカは謎だと、改めて思った。
以前は調子が悪くて変な作用になることもあったが、最近の10年バズーカでそういったことはなかったから、ますます疑問だった。
「それはオレにもわかりません。ただ、オレ自身は窓の外から10年バズーカを受けてこの世界にやってきました。
10代目が10年後の世界に来た時間と、オレが来た時間は差があったことを覚えていますでしょうか。」
少しわかりにくい表現かもしれなかったが、遠まわしに獄寺は尋ねた。
「あ、うん。時間的にはよく覚えていないけど、5分くらいかな?」
だからこそ10年後の獄寺に会って、多少だが事情を聞いたのだ。
10年後の獄寺と話をした時間は数分程度で、そこで今の獄寺と入れ替わって今に至る。
「最初にお邪魔した時、既に部屋にいらっしゃる方がいました。」
それはランボとは違う人物だと、暗に獄寺は伝えた。
とても、暗くこの言葉を直接的に言いたくなかった。
ツナの部屋に居るといえば、代名詞のリボーンはいないから…
「まさか…」
獄寺はとても丁寧な言い方をした。
彼が尊敬語を使うのは、奈々とリボーンと…残るところあと一人。
その人物が思いついてしまって、ツナの顔が蒼白となって引きつった。
震えたくなくてないのに、がくがくと小刻みに身体が止まらなくなる。

「そうです。オレは…10年後の10代目のお姿を拝見したんです。」
苦痛に歪める顔を見せながら、獄寺はなんとか言いきった。
綺麗にベッド横たわる、その白い死体が頭に焼き付いて離れない。
10年後の姿とはいえ、獄寺がツナを見間違える筈がなかったのだ。
それこそが、二人の時間差が呼んだ悲劇。
どこからともなく放たれた10年バズーカはもとより避けられるようなものではなかったのかもしれない、それ以上にこの情景から獄寺は逃げたいと思って10年後に来たのだった。
こちらでツナに会ってからは、気取られないように明るく振る舞ったが、こんな未来は限界で、それがこんな行動に至った原因だった。
「………ごめん。」
10年後のツナの死体を実は獄寺は見ていたんだとはっきり悟って、ツナは謝った。
そんなことを言わせてしまった。
全てを知っていたからこそ、言わなかったのだ。
やはり10年後には死んでいるのだ自分はと、決めつけさせないために。
「なぜあなたが謝るんですか?謝るのはオレの方なんです。山本にはやつあたりしましたけど、やっぱりオレが守れなかったことに変わりはない。だから、今度こそ守りたいんです。」
絶望的状況に陥る状況は理解した。
まだミルフィオーレに10年前の自分の存在はバレていないかもしれないから、目印となり狙われるボンゴレリングを捨てて逃げれば何とかなると思って、思い切ってリングを壊した。
逃げ切るための力は必要だったが、リングが重要なことは知っている。
ツナの意思を尊重しないことはしたくなかったが、何よりも優先されるべきことはツナの生命だ。
狙われる要因は何であろうが潰すしかなかった。
10年後のG文字で書かれた自分の手紙を信用していないわけではなかったけど、この未来の自分こそがツナを守れなかったのだ。
同一人物とは言え、彼の最善の方法が自分にとって最善とは限らないと思った。



「オレの手を取って下さい。もう、過去に戻らなくてもオレはいいです。あなたさえ居てくれれば。」
この世界で二人だけで生きていく。
その為の手を獄寺は示した。










「………ごめん、無理だよ。オレは君の手を取れない。」
言葉と同時に、目の前に差し出された獄寺の手を残酷にツナは払いのけた。
理由を知っても結局堂々巡りだった。
だからといって、みんなを見捨てるなんて二人で逃げるだなんてことは、今のツナにはできないことであった。
もし、この手を取った先の未来を思い浮かべる。
全てのしがらみから解放されて、ただの沢田ツナとしての本来の人生が待ち受けているのかもしれない。
実感は薄いが、重圧なボンゴレファミリーのボスとしての未来がここにはあったらしい。そして死ぬ結末。
それは、素晴らしい未来なのだろうか。
どちらが良いかなんて決め付けられるものではないけど…

「…そうおっしゃると思っていました。」
それこそが、獄寺が崇高するように心酔するボンゴレ10代目沢田綱吉の答えだった。
こう言われるとわかっていたからこそ悲しくもあったが、同時に拒否をされたことに対する惨めな気持ちはなかった。
「だったら、諦めて。」
哀れにも破壊されたボンゴレリングのことはもうどうしようもない。
一度壊してしまったものは戻らないように、ツナの心も失速した。
そうだ。オレが彼をこうしてしまったのだのだから、その責任とけじめをとらなくてはいけない。



「いえ、諦めません。あなたの意識を奪ってでも、連れて行きます。オレを殺して止めるか、改めて一緒に付いてくるか選んでください。」
確実にどちらかを決めて下さい、と獄寺は言いきった。
未来でも過去でも、もうあんなあなたの姿を見るのは、嫌だったから。
「獄寺君…オレ…は………」
それを選べというのか。
目の前に極端な二つの選択を並べられて、ツナはなすすべがなかった。
やると言ったら獄寺はやる男である。
そしてツナには獄寺を止める力はあるが、殺すまで獄寺が止まらないとしたら…
優しいからこそ、ツナは選ぶことはできないと、獄寺はそれを見通してここまで言ったから。
向けられる眼差しが痛すぎて、ツナはふいに視線をそらした。
それが終わりだった。

「ぁ………」
本当に一瞬の出来事であった。
迷いが生んだからこそのツナの行動につけ入った獄寺は、素早くツナの腹の中腹…みぞうちのあたりに拳を食い込ませた。
内臓からくる嗚咽と気持ち悪さから、頭の中が言うことを聞かないようにぐるぐると嫌に回り始める。
様々な要素が混在した結果、目が霞んで視界がほとんどなくなり、頭に酸素が回らなくなり朦朧としてきた。
勝手に前のめりになっていく身体と遠のく意識。






「すみません………オレのこと、許さなくていいですから。」
脆く崩れたツナの身体を獄寺はそっと、抱きあげた。











ツナが目覚めたとき、そこは何が待ち受けているのだろうか。

二人の行き付く場所は結局ないというのに
世界は………













彼は死んだ 世界は救われた 2

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