はらはら落ちるよ。舞い落ちる。自分の体が沈んで行くよ。
「ツナ、てめぇ…家に帰れ。」
見かねてというより、痺れを切らして、そう無下に言い放ったのは、リボーンであった。
周りからすればそれは教え子を見捨てる発言に冷たく聞こえるのだろうが、生憎ここは次期ボンゴレ10代目沢田綱吉の執務室であったので、ここにいるのはリボーンとツナのみであった。
高校卒業と同時にどこかへ就職するわけでもなくボンゴレ日本支部で独自に働き始めたツナと守護者たちではあったが、家庭教師業をしていたリボーンはそれから数年だけ面倒をみると、切り替わり早く次の教え子の元へ行ってしまった。
元々ボンゴレ9代目より依頼されていたことであるから、必要を終えればリボーンはだらだらと長くいることはない。
兄弟子であるディーノと同じように、終わりだと告げて、さっさとツナの前から姿を消したのだった。
ツナからすれば風の噂程度にどこでリボーンが何をしているかと聞くくらいではあったが、リボーンは稀にツナに活を入れるかのようにふらりとやってきていた。
今日も突然の来訪に思えるようないつもの素振りを見せるだけ見せた。
「ったく、10年前より情けない面を見せやがって。」
無言で顔をあげたツナを見て、吐き捨てるように直接的に意見を言える唯一の人物であるリボーンは言葉を続けた。
初めて出会ったときからもう10年も経過しているというのに、出会った時より性根が悪くなっているように感じたのだ。
まだ、駄目ツナと罵れる方が数倍マシだ。
ツナは、確かに仕事はこなしていた。
だが、ただそれだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
つまりは、使い物にならねぇ。
機械だって丁寧にやれば出来るのだから、そんな人間はボンゴレには必要ない。
ましてボスとなる人間がこれでは部下に示しがつくわけがなかった。
ただ、部下は言わない。言えない。
ただツナが元に戻るのを待つだけで本当に終りが来るとでも思っているのだろうか。
こんな状態になってしまった理由をリボーンは知っている。
事前に相談も受けて自分の意見は教えてやったが、最終的に決めたのはツナ自身だった。
それなのに、だらだらと長く引きずっているというのがリボーンとしては一番イラつく要因だったのだ。
「家って…何言ってるんだよ、リボーン。オレがここに住んでいるのは知ってるだろう?」
リボーンの怒りの理由は察しなくともありありとわかったが、言っていることの理解ができなくて、ツナはそう言葉を返した。
自らが設計した仮アジトは既に8割方出来上がっていたが、それ以前よりツナはボンゴレが日本で拠点としていたアジトで生活をしていたのだ。
だから、終わらない仕事が仮に終わったとすれば、この執務室とは別の階層にあるプライベートルームで寝泊まりすることとなる。
ただ、最近は執務室の隣で仮眠をとる程度の生活を送っていたため、多少の錯誤があった。
「一度、頭冷やせって言ってんだよ。ママンのいる実家に帰れ。」
ざっくり言った言葉が伝わらなかった苛立ちもあり、より冷たくリボーンは言葉を放った。
陽だまりの場所に帰るのは何年ぶりだか、正確な年数なんてツナ自身も覚えていなかった。
たった10年前は当たり前のように毎日帰ってきた場所なのに、今考えると不思議なのかもしれない。
「…ただいま、母さん。」
「まぁまぁ、ツっ君。帰ってくるなら、連絡の一つくらいくれればいいのに。あら、どうしましょう。今日はごちそうにしなくちゃね。」
少し涙ぐむ奈々の様子から、やはり自分は相当家に帰っていなかったと実感する。
ツナは同じ並盛町内に居るというのに忙しくしているのでめったに家に帰っていない。
てっきり奈々は、ツナが不在のこともさほどは気にしておらず、獄寺や山本が近くに居るとわかっているから安心している部分はあるし、健やかでいてくれさえばいいと器量の広い人かと思っていたが、やはり母親としては心配もあるのだろう。
なんだろう、ツナは素直に帰宅を喜べなくあった。
たまには実家に帰れと今までだって、散々心配されて、仕方なく電話をしたこともあったが、あえて帰らなかったのだ。ただの、一度きりも。
母親の平穏な日々を壊したくないというより、変わりすぎた自分を見せたくなかったのだ。
奈々は変わらない。変わったのは自分で…
壊したのも、失ったのも、全て自分がおこなったことだったのだ。
それから数日が経った。
さすが母親なだけあって、何か沈んでいる息子のことはわかったのだろう。
奈々は何も言わずに、表情がなくなってしまったツナを昔と同じように接した。ありがたかった。
母親は優しく、どこまでも包みこんでくれる。
正直、ツナは家にいても特にやる事もなかった。
だが、それでも良かった。
家がつまらないとかそういうことではなくて、ツナには今までボンゴレとしての仕事しか身にはなかったのだ。
昔と違い格段の趣味があるわけでもなく生きていく。
忙しく忙しく毎日が経過していき、平穏に過ごす日々でさえ今までのツナには与えられなかったことなのだ。
ただ、この安息に浸りつつも、ツナの心の氷はとけないままでいた。
「おうっ、息子よ!」
あくる日、それをぶち壊す声が聞こえた。
豪快にツナの背中を叩き、沢田家に帰ってきたのは父親である家光であった。
あまりに突然すぎる出来事に、ツナは目を丸くしたまま一瞬動けないでいた。
確かにこの家は家光にとっては自分の家なのだが、それでも何でここにいるんだ一体と思うくらいあまり家には帰ってこないと思っていたからだ。
奈々は、夫がどんな仕事をしているか興味がないわけではなく、信頼している。
後によくよく話を聞くと、昔よりはボンゴレ門外顧問としての仕事は忙しくないので、まとまった時間をとっては日本に帰ってきているらしいと知った。
前々からこの父親とそれほど触れ合ったことがなかったので、苦手意識があったのだが、今回はよりにも寄って日本酒を持ち寄られて晩酌に付き合わされた。
家光は酒に強いようだが、ツナは別にそうではないので、生憎素面だ。
奈々が追加の酒を買いに行っていることをいいことに、家光はうわごとのように一方的に話続けた。
「ったく、マセラティファミリーの野郎。うちのファミリー傘下にも薬取引をもちかけやがって…おかげでまた休暇取るのが遅れちまったよ。ん、酒がない?奈々ー奈々はどこだー」
あっという間に酔いがまわってしまったようで、家光は妙に騒いだ。
「母さんは少し遠い酒屋まで行ってくるって言ってたから、すぐには戻ってこないよ。」
少々呆れたようにツナは酔っ払いの絡み酒を弾くように言う。
「くそっ、酒が…て、あ、あそこにあるじゃねーか。」
家光はふらつきながらも立ち上がって、うつろな目で覗くと、壁にある棚を見上げ、指をさした。
その瞬間、僅かに足もとがおぼつく。
「あれは、神棚だから。あそこのお酒飲んだら、神様とかご先祖様に怒られると思うけど。」
お守りや榊と共に飾られた一升瓶。
中身は入っているのだか入っていないのだかはしらないが、さすがにあれは不味いだろうとツナはなだめた。
「あー?神様は知らねぇが、ご先祖様は日本酒なんて好きだった記憶ないぞー」
ろれつがあまりまわっていない舌をぐるぐると回しながら、家光は不機嫌そうに言った。
「父さんが全部のご先祖様のことを知るわけないだろ。あきらめなよ。」
「何を言う。少なくとも沢田家のご先祖様にはみんな一度は会ったこと、あるぞ。ひいひいひいじいちゃんぐらいまでちゃんと記憶にあるからな。」
酔っぱらいはやはり、たちが悪く、胸を張って堂々と声高に宣言をした。
「わかったから、ともかくやめようよ。」
仕方ないのでツナも立ち上がって家光に歩み寄り、なんとか座布団の上に座らせた。
普段ならばツナが家光に実力行使で勝つことなんて、とうてい無理だろうが、今回ばかりは酒で力の抜けた身体は驚くほどストンとそこへ落ちた。
全くまた冗談を言って、だってひいひいひいじいちゃんって…
あれ、まさか?
ツナの頭の中に、沢田家の家系図がぱっと浮かぶ。
そして、知る−−−
「父さん!本当に、ひいひいひいじいちゃんに会ったことあるの!?」
今度はツナが耳元で大きく叫ぶ番だった。
だって、家光からみた沢田家の曾祖父といえば一人しか思いつかない。
こんなにめまぐるしく自分の表情を組み替えたのは本当に久しぶりで、ツナは追いつかないほどかと思った。
「あるぞー。ひいひいひいじいちゃん。あれ、ひいひいひいひいじいちゃんか?」
ここで、いったん頭をひねる仕草を大きくする。
「ひいひいひいひいじいちゃんのときは沢田家はまだ作られていないだろ?しっかりしてよ。沢田家康…初代ボンゴレに会ったことがあるのかって、聞いてんの!」
それが一番大切なこと。
淡く自らが壊した人の名をツナは必死に表に出した。
こんな状態で出さなければ、泣いてしまいそうなぐらい、今のツナの心を占める人。
あの人は本当に存在したのか。わからないんだ。
「ん?………初代ボンゴレ…に会ったことがあるようなないような。あの人大往生したから、本当に少ししか印象覚えてないけどな、なんせ死んだのオレが園児がそこいらだったし。」
なんとか思い出して、何度もこっくりこっくりと頷いた。
子供のころでは身内の葬式さえ曖昧だったが、覚えているような気がする。
「どんな人だった?強かった?優しかった?それとも………」
まだ、すがるのか自分はと情けなく思った。
それでもプリーモの何か一つでもわかるなら、何でも良かった。
それくらい今の自分は駄目だったのだ。
今ならはっきりわかる。
リボーンに言われたように、駄目から立ち直れないのだ。
今さら知ってどうするというのだろう、もうプリーモはいないのに…
それでも求めてしまうんだ。
ツナの質問攻めに眉間に皺を寄せた家光は瞳を閉じた。
そして重い瞼はそのまは開くことはなかった。
放心していたツナがしばらくした後に気がつくと、ぐうぐうと豪快ないびきをかいて、眠ってしまったのだ。
それでも、また朝はやってくる。別に望んでいないというのに。
「ツッ君、ちょっと手伝ってくれるかしら?」
階段下から奈々の声がかかったので、ツナは重くだるい身体をベッドからあげて、リビングへと向かった。
朝は目覚めたので朝食は取ったがそれだけで、今日は一段と部屋にこもりきりな気分だったが、ごろりと寝転びたいわけでもない。
実際、家に居てもやることがないし暇だ。
変わらないベッドは成長したツナには少し小さくもあった。
「…父さんは?」
降りたリビングをぐるりと辺りを見渡してもいなくて、その存在をツナは確かめた。
「お父さんなら、仕事に行ってくるって出かけちゃったわよ。」
いつも明るい母親がこの時だけは少しさびしそうに言った。
「また?」
とツナは瞬時に思った。
進出奇抜というか、挨拶もなし…相変わらずな様子にあきれたのだ。
昨日あのまま寝てしまった家光にそれ以上は聞けず、今朝もまだ爆睡の中にいたから、一言もしゃべっていない。
それに、これはまた何年も戻ってこないフラグだ。
ボンゴレに戻れば消息をつかめるかもしれないが、もうツナはどうでもよかった。
プリーモのことを来ていても、もうどうしようもないのだから。
「はいはい、ツッ君。これ、持ってね。」
感傷に浸っているツナに、奈々は隣の居間へくるように指示をしてから、何かをぽんっと渡した。
「何?」
わずかに鼻をつく臭いがある包みを手に持たされて疑問を口にする。
「今、タンスの中を整理しているのよ。その服は向こうの畳の上に置いてね。」
そう言いながら奈々は次々にタンスから衣服を取り出して、ツナへ渡した。
バケツリレーのようにツナはどんどんそれを並べていく。
奈々は懐かしいように思い出に浸りながら服を出していく。
ツナが七五三できた袴や、奈々が若いころに来たおしゃれ着、家光が初めて買ったというスーツ、数々の着物…留まることを知らなかった。
それほど多大に物持ちがいいというわけではないが、捨てられなくあったのだ。
「お疲れ様、これで最後よ。」
とんっと、最後を渡される。
「これは何?」
奈々はこれに関してはだけは何も言わなかったので、奇妙がってツナは尋ねた。
それはずしりと随分な重さがある黒い布地の包みで、日本的なものが続いた中で、とても変わって見えたのだ。
「ああ、それは母さんにもよくわからないのよ。父さんがしまっておいてくれと言ったものだから。」
それだけは困った様子で奈々も言った。
収納スペースに困っているとかそういうのではなく、どういう扱いをすればいいか悩んだのだ。
今回、簡単に整理をしても構わないかと、そこも問題だ。
「父さんが、珍しいね。」
「一応防腐処理はしてあるけど、虫食いとかされてたら、大変だわ。ツっ君、悪いけど確認してくれない?」
気をつけているつもりだが、不安は残るため、奈々はツナにお願いした。
「わかった。」
綺麗に折りたたまれた布地をゆっくりとツナは開いていく。
最近の服は軽くできているというのに、これはずいぶんとしっかりしているなと感心した。
開いた。開かれた。
「あ…」
一面に広がったのは、漆黒のマント…
どこかで強烈に瞼の裏側に焼きついた、馴染みのある。
ああ、これは…彼のマントだ。
どうして、とか
なぜ、とか
そんな疑問はもうどうでもよかった。
ここに、これがあるという存在だけで、もう………
大空のボンゴレリングを破壊して、印が無くなって、寂しかった。
本当にいなくなってしまったのを思い知った。
たった、ひとつすがるものがあったのだ。
「ツッ君。今日はいい天気でしょ?絶好の虫干し日和だわ。」
気がつくと、抜けるような大空がツナを迎えていた。
それは無意識に抱き締めたマントに包まれるように
いつまでも、いつまでも…
ここに居たんだと、わかる。
自分の心の中で、居続ける。
はじまりに手をかける 2
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