支払った犠牲は酷いものだった。
これが、与えられた結末。
祈願の過去の世界に戻る事はついに叶った。
全ての鍵を握っていた入江正一の協力を得て、白蘭を退け道は開かれた。
瞬く間に訪れた、10年後の世界での最後の日。
この世界で見知った事を忘れる事は出来ないけど、それでも口を閉ざすと皆で決めた。
借りていた諸々の武器である時雨金時を始め、匣は未来の世界のものなので、本来の持ち主に返す事になる。
違う人間とはいえ10年後の自分と出会うなんて、ツナはとても複雑な気持ちだった。
万事全てが順調に進んだのだったら、喜べた出来事だったかもしれないけど、無理だったのだ。
10年後のツナも同じように沈痛な面持ちをしている。
本来ならいるべき、右側の人物が一瞬で消え去る瞬間を、思い知らされたのだから。

そう、過去の獄寺隼人は沢田綱吉をかばって、死した。
その瞬間に10年後の彼の未来も変わった。
嵐のリングだけがツナの手元に残る。
これは、一人が欠けた物語。











「…ただいま。」
そう言って、並盛町にある沢田家の敷居を跨いだのは、いつぶりであっただろうか。
皆、それぞれの思いを持ち、自宅に帰る中、ツナがリボーンやランボと共に来る場所はここだった。
「あら、ツー君。おかえり。」
いつもと変わらずな姿で迎えてくれる母親の奈々の姿は懐かしくて泣きそうだったが、今はもう泣きはらしすぎてそれさえも出来ない。
ただ、いつもどおりに機械的に対面した。
10年後の世界に行ったとはいえ、時間的経過は殆どなかったらしい。
そのあたりのイレギュラーな説明は入江から聞いていたが、もうどうでもよかった。
バタバタと台所に向かうリボーンとランボは、久しぶりにお茶にでもしに行ったのであろう。
そしてこの世界で待ち続けていた姉であるビアンキに説明を…
謝らなければいけなかった、ツナも。
でも今はそんな気分にはとても慣れなくて、引きこもるように二階にある自室に向かった。
色々とあって疲れたのは事実であったが、何だか何も考えたくなくて、とりあえず寝たかった。
寝ても何も変わらないけど、今は…今だけは………
まぶたの裏に焼き付いた、彼の最期の姿を忘れたかった。





身体がだるくなるまで寝ていたせいで、簡単に起き上がるのは今のツナには困難だった。
寝すぎというやつだろうが、未来での出来事が目まぐるしかったおかげで、そのことについて珍しくリボーンは怒って起こしにはこなかった。
一日ぐらいはゆっくりさせてくれるつもりだったのだろう。
カーテンから差し込む眩しすぎる光で、昼間だという認識だけは辛うじて出来たが、肝心の時間は時計を見るという行為まではさっぱりだった。
寝返りをうつように身動きをとろうとしたが、それは少し困難を極めた。
何だろう、ベッドの…いや自分の掛け布団の上に何かが乗っている。
それほど重くはないけど確かな感触に、疑問を感じる。
リボーンやランボではない、それ。
正体を確かめるために、思い切って身体を持ち上げる。

「にょおんっ。」
動いたことに不機嫌を感じたのか、それが鳴く。
「う、瓜?」
まさか、存在するはずがない生物を目の当たりにして、それでもツナは何とか名前が呼べた。その程度だ。
人の気なんて知らず当の瓜は、ツナの布団の横でちょこんと丸まっていた身体から頭を上げた。
なんでここにと思って、間違いなく居る瓜にそっと手を伸ばして体に触れてみる。
案外嫌がりもせずに触らせてくれて、確かに柔らかな毛並みの感触があった。











「しばらく様子を見てみろ。」
この世界に瓜がいると姿を見せてリボーンに伝えた後、たっぷり一拍ほどためてからツナはそう言われた。
それは瓜自身に実害はないから判断した結果でもあった。
正直、リボーンとしても困惑していたのかもしれないが、10年後の世界で起きた後処理や自身に降りかかったノントゥリニセッテの影響もあり、瓜の存在をそこまで重要視できる状況ではなかったのも一因だった。
元々瓜は獄寺の匣兵器で、10年後においてきた筈だった。
SISTEMA C.A.Iと呼ばれる匣は数が多くて10年後の獄寺もいなくなってしまったあの時、きちんと確認できるのはビアンキか…でも確認不足だったのかもしれない。
平和的に10年バズーカで瓜だけ帰ってもらうとも考えたが、ちょっと無理だろう。
そもそもこの世界自体に元々瓜は生まれていないのだし、自分たちと一緒に戻ってきた入れ替わりは10年後の入江が特別仕様で戻してくれたのだ。
この世界の入江正一は10年後のように事情を把握しているわけではないから、また同じようにというように単純には運ばないような気がした。
「瓜?」
一瞬、部屋に姿がなかった猫の名をツナは呼ぶ。
言葉という意思疎通が伝わるわけではないので仕方ないのかもしれないが、悩むツナと相対的に、当の瓜はのん気な様子を見せていた。
まだこの世界に来たばかりで物珍しいのだろうか、ベッドの上をぐるぐると周回したり窓枠に飛び乗ったり狭い本棚の間に滑り込んだりと、かなり好き勝手していた。
ツナが部屋に戻ってきた事がわかると、瓜はぐるぐると喉を鳴らして足に擦り寄ってきた。
甘えているような動作を繰り返し続ける。
「もしかして、お腹減ってる?」
今まで動物なんて一匹たりとも飼ったことないので、判断は迷ったが何となくツナはそう感じ取った。
しかし、瓜が好みそうな魚なんて家の冷蔵庫に入ってるだろうか。
そもそも彼は猫ではないが、普通の猫に生魚とか人間の飲むミルクを与えるのは良くないと、どこかで聞いたことがある。
匣兵器だからこそ、体調なんかを崩されたら医者にも連れて行けずに困ってしまう。
「とりあえず、リングの炎をあげればいいのかな…」
あまりにも瓜は猫らしいが、本来は死ぬ気の炎の力で動いている筈なので、それが一番無難に思えた。
ポケットの奥に忍ばせてある、嵐のボンゴレリングに炎を灯す事はツナには出来ない。
他に身近にいる嵐属性を持つ者といえば姉のビアンキだが、ボンゴレリングはトゥリニセッテの一角を担うリングなのでそう簡単に炎を灯せるとも思わなかった。
この世界にはまだ嵐属性の他のリングはないし、どうようかと悩む。
「これで、大丈夫かな…」
ツナは自分の胸元を探り、首にしていたチェーンから大空のボンゴレリングを外した。
覚悟を炎に変えるようにと思いを込めると、右手にはめたリングに大空属性のオレンジ色の光が灯る。
自分は嵐属性の炎は出せないけど、調和の意味を持つ大空属性なら、もしかしたらと思い、瓜に与えてみる。
「にゃおんっ!」
一際高い声を鳴らしてから、瓜は大空のリングの炎を受け取った。
ゆらゆらと揺れていたしっぽが、ぴんっと立ってとても元気そうに見えた。





それから、獄寺がいなくなって、瓜がいるという状況意外、何ら変わらない日々が続いた。
学校に通い、リボーンから家庭教師としての授業を受けて、将来はボンゴレ10代目となるべくあれこれ言われる。
相変わらずマフィア関連でどたばた騒ぎをするようなことはあったが、生命の危機をわずらうような事態にまで及ぶようなことはなかったのだ。
ただ、不思議なことにこちらに戻ってきてから、ツナは一つの夢を見続けた。

思い続けているからいけないのだろうか、獄寺の出てくる夢を。
彼は夢の中でも変わらなかった。
相変わらず自分を心配して、あれこれ言ってくれる。
大丈夫だよといつもツナは返事をするような、楽しい夢。
誰にも言わなかったから、これがずっと続くと思っていたんだ。
今日もまた眠れば言ってくれるだろう。








「10代目、お元気ですか?」と…













隼人瓜 1

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