彼の夢は、どこまでも甘かったから、それに浸り続けていたかった。
「入るわよ。」
軽くノックをされた後、そんな声をかけられたので、ツナは円形机から顔をあげた。
ちょうどリボーンから出題された宿題に頭を悩ませていたところだったので、気分転換のためにもその声は願ったり叶ったりでもあった。
ちなみに当のリボーンは出かけてしまっていないのだが、帰ってくるまでにある程度進めておかなければ漏れなく身の危険にさらされるであろう。
それでも子守りはしなければいけないので、ツナの視界に入る場所でランボとイーピンが与えられたおもちゃで遊んでいた。
「どうしたの、ビアンキ?」
リボーンがいないというのに、彼女がツナの自室に来るのは珍しかったこその声だ。
「3時だから、おやつを持ってきたの。」
妖艶な笑みを浮かべながらビアンキはそれを告げた。
「おやつー!」
その言葉を聞いた瞬間に、ランボがざわめき立った。
座り込んでいた体制をあげて、小さくジャンプするように何度もそれを繰り返す。
ランボにとっては、1におやつ。2もおやつ。3・4がなくて、5にリボーンを倒すくらいなのだ。
イーピンも甘いものを食べられるということは、女の子として嬉しいのでそわそわしている様子がみれる。
そんな微笑ましい様子をツナは横目で眺めている。
「わざわざ持ってきてくれたんだ、ありがとう。って、瓜?」
お礼を言ったところだったが、なぜかいきなり瓜はツナの後ろに身を隠した。
長すぎるしっぽが隠れていないので、頭隠して尻隠さずというやつなのだろうが、本能で逃げたのだ。
「どうぞ、召し上がれ。」
そんなことを気にせずに、ビアンキは持っていたトレイをどんっとテーブルの中央へと置いたと同時に、異様に盛大な音が響く。
「ぐぴゃー!!!」
いきなり泣き喚いた正体はランボで、鼻水さえもたらして涙が途切れない。
気持ちはわかるぞ、ランボ。と、このときだけはツナも同意する。
「あら、泣くほど嬉しいのかしら?」
相変わらずわかってないビアンキはのん気に言葉を出した。
差し出されたビアンキいわく、おかしと言われるクッキーからは紫色の腐った煙が絶え間なくもくもくと出ていた。
ビアンキお得意のポイズンクッキングの登場だったのだ。
ああ、だから瓜が即効で身を隠したのかとツナは納得する。
臭いだか雰囲気だかはわからないが、感じ取ったのだろう。
紛れ込むようにやってきた瓜はなぜかツナに居様に懐いた。
たまに焼き魚などもあげるが、基本は炎をあげ続けている瓜は賢く、沢田家の飼い猫のような扱いになっているため、ビアンキのポイズンクッキングの餌食になってびびったこともあったなと思い出す。
「ビ、ビアンキ。母さんは?」
ビアンキ本人に悪気はないとはわかっているが、これは具体的には絶句するしかない。
ツナは動じた声をなんとか出した。
「ママンは買い物にでかけたわよ。」
あっけなく言うビアンキに、母さん…と声には出さずにツナは嘆いた。
いつも3時のおやつは母親である奈々が率先して作ってくれるのでこのような惨事はないのだが、そういえばでかけてくるわねーと遠い記憶のように言われたような気もする。
早くビアンキを阻止するための作を抗さなかった自分が迂闊であった。
「あら、食べないのかしら?」
「ぴぎゃっ!」
近寄ってしまったランボは、滲み寄るビアンキの恐怖であとずさり、一段と大きい泣き声をあげた。
「ランボ。駄目だよ!」
だが、次の瞬間に取り出した物は相当厄介なものであった。
もじゃもじゃ頭の中を手で探り、取り出したるは10年バズーカで、違う世界へと逃げるために自身へ撃とうとした。
しかし、ぐらりっとランボの細い足が揺れて身体が前のめりになった。
それはポイズンクッキングからもたらされる異臭を放つ煙に気分が悪くなったせいであったのだ。
「あら…」
「ビアンキ!」
ドンッ!
特に動じもせずにビアンキの声が聞こえたと思った瞬間、10年バズーカが撃たれてしまった。
深い煙に包まれてしまったビアンキの姿が、晴れると変わり行く。
もう少しだけ背が伸びて、大人びた、彼女の姿へと。
「ここは…」
形の良い唇からもたらさせるのは疑問の声だ。
直ぐには状況が理解できずに、辺りを見回す仕草を見せる。
「10年後のビアンキ?」
「ツナ?若いわね。久しぶりと言うべきかしら。」
ツナからもたらされた問いかけに、ビアンキは意外と驚いたりはせずに普通にそう言ってきた。
「あ、久しぶりだね。元気にしてた?」
多分、あのビアンキだ。
自分たちが飛ばされた10年後の世界の…獄寺を失ったあの時にいた。
ろくな挨拶も出来ずにこの世界に帰ることになってしまったことを、ツナは少し後悔していた。
それほど感傷にひたるわけでもないが、動向を尋ねるぐらいはいいだろうと言葉を選ぶ。
「ええ。まさか10年前に来るなんて思わなかったけど、あら…どうして瓜がここに?匣を開口しても空で、ずっと探していたのよ。」
ツナの足元にまとわりつく瓜を見つけて、ビアンキは多少の驚きの声をあげる。
たしかに居なくなった時期的には納得できるが、まさかこんな場所にいるとは思わなかった。
この世界にはまだ匣兵器の発見など稀くらいなのだから。
「うん。なんだかわかんないけど、オレについてきちゃって。そっちの世界への戻し方もわからないし。」
「匣自体は、こちらの世界の隼人の部屋に置いたままよ。だから、炎が切れれば自然とそっちへ帰ると思うけど。今まで炎はどうしてたの?」
「大空のボンゴレリングの炎をあげていたんだけど、駄目だったかな?」
欲しがられるから成り行きのままずっとツナは大空の炎を与え続けていた。
それが当然だと思っていたのだ。
「瓜はこの世界にいるべきものでもないと思うわ。もう炎は上げない方がいいと、私は思うけど。」
「そう…だよね。」
改めての現実をツナは突きつけられた。
本当はリボーンもそう思っていたのかもしれないけど、見逃してくれていた部分もあったのかもしれない。
「大丈夫。隼人はもういないけど、面倒は皆できちんと見るわ。と、そろそろ時間のようね。元気でね。」
5分という時間はなんて短いのだろう。
ほんの少しの会話しか許されないのだ。
腕時計にちらりと目をやってから、ビアンキは最後の言葉を発する。
「うん。ありがとう…ビアンキも元気で。」
軽く手をふるビアンキを送るように、ツナがそう言うと、瞬く間に次の煙がやってくる。
名残惜しいという気持ちもあったが、別の思考に埋め尽くされてしまったツナはしばらく、呆然と立ち尽くしたままであった。
その日の夜、瓜はいつも以上にツナに甘えた。
魚などの食事はくれるけど、炎はもらえないことを怒ったりはしなかった。悟ったのだ。
「ごめん…」
夜遅くなるまで遊び付き合っていたが、そう謝ってからパチンっと電気を消してベッドにもぐりこむ。
瓜もおとなしくなって必然的なように、くるんっと丸くなりながらも側に近寄ってきた。
わがままでそれでいいと思って居てもらったのだ。
多分、これで最後だ。最後の夢を。
眠りたくなんてないのに、勝手に瞼が落ちる。
「獄寺君?」
夢の中の彼はまた現れて、いつも同じような夢で、同じようなことを言う。
記憶の奥底に染み付いた人形のような繰り返しばかりだ。
ただ、一方的に、ツナの言葉は通じずに居続ける。
今日も話しかけても答えてくれないはずだった。
「10代目…いままで黙っていてすみませんでした。」
死した時と全く同じ姿で、ぺこりっと綺麗に頭を下げて人形のような獄寺がしゃべった。
それは、夢の中で初めての違う行動、違う言葉だった。
「嘘…いたんだ。本当に。」
あまりの驚きにツナは、口に手を添える。
意思疎通など叶わないと思っていたのだ。
はらはらと自覚していないというのに、自然に涙がこぼれる。
「10代目がオレのことで苦しんでいらっしゃるみたいで、それが歯がゆくて…瓜を通してずっと見ていました。」
思念が残っているとはいえ、自分は何も出来ないけど、それでもツナを放っておけばいけなかった。
所詮、死んだ存在なのだから干渉をしてもいけないものだと思ったけど…
「じゃあ、これが最後なの?」
瓜にはほぼ丸一日、炎を与えていないので、時期に未来の匣へ帰ることになっている。
もう、二度と戻らない瓜と獄寺が繋がっているとすると考えられるのはそれしかなかった。
夢に登場するだけでもいいと思ったのに、それさえももう叶わないのだ。
「はい。オレなんかのこと、気にかけてやってくださってありがとうございました。もうあなたは大丈夫ですよね。」
感触はないが、キラキラとこぼれるツナの涙を、獄寺は人差し指で優しくぬぐってくれた。
泣かないでほしいと訴えるように。
「待って!まだ、言いたいことがたくさんあって…」
掴めない存在だとわかっていても、ツナは手を伸ばしてしまう。
「あなたの部下で、右腕で…本当に良かった。あなたのために死ねてオレは幸せなんです。だから…出来れば最後は笑って見送ってやってください。」
獄寺も精一杯笑うように努めた。
ツナにしか見えない微笑を示す。
「………わかった。オレも獄寺君が部下で、右腕で…本当に良かったよ。最後までありがとう。」
切なく苦しかったけどツナは、今にも震える声で何とかそう言い切った。
さようならだけは、言わない。
そして、急速に落ちていく世界が遠ざかった。
はっと、その瞬間にツナは目を覚める。
隣で寝ていたはずの瓜は、跡形もなく消え去っていた。
鮮明でリアルな夢は、まるで本当にあったかのような錯覚を及ぼすが、所詮は夢なのだ。
奇跡なんて起きない。
それでも涙をぬぐったような跡が頬にはあった。
次の日から、ツナはもう二度と獄寺の夢を見ることはなくなった。
それでも右側の少し後ろを振り返れば彼がいるような幻がある。
ここではない、どこかで彼は俺を見ていてくれる。
だから…いつか再び会えた日には、またありがとうが言えるね。
隼人瓜 2
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