不注意で、ランボによって10年バズーカを自分に向けて撃たれたという認識が、獄寺にはあった。
しかし、包まれた煙は一向に晴れなかった。
「げほっ、」
獄寺が思わずむせてしまったのは、白い煙がしばらくすると灰色へと変化したからだった。
目にまでしみなかったのは、灰色をした煙の正体がタバコによるものだったからであろう。
予期していなかったので容赦なく肺を犯すように、思いっきり吸い上げてしまった。
まさか火事か?と思い、手探りに右手を広げると、いったん壁に突き当たってからスイッチがいくつもある面倒なパネルに行きついた。
そのまま手当たりしだいスイッチを押すと、バラバラに部屋の照明が付いて行き、やがて換気扇が回りだす微かな音が聞こえる。
明かりさえ、まともについていなかったらしい。
「ここは、どこだ?」
訝しむように声を出すと段々と視界が開けてくる。
煙が晴れた室内はそれほど狭い部屋というわけではないに、簡素なインテリアがビジネスホテル並みに置かれている程度だった。
決定的な違いは窓が一つもないことで、ここは地下か隠れ家か何かだと思い当たった。
窓がないので余計に伺い知れないが、さすがに机の上にあふれている灰皿にくずぶったタバコが残っていたので最後まできちんと消した。
無造作に放り出されたパッケージをちらりと見ると、今吸っているタバコよりタールの量が二段階上がっていることだけがわかった。
色々な銘柄を試したことがあるので大抵は知っているのだが、このタバコを獄寺は知らなかった。
10年後の自分はここに居たとすると、吸っていた人物がうかがい知れる。
「10年バズーカの効果は5分間だったよな。」
腕時計をしていなかったので、部屋の奥に掲げられていた時計を見上げると、三時を少し回った程度の時間だった。
たしか10代目の宿題のお手伝いをしに沢田家にお邪魔したら、お母様がデパートにお出かけになるとリボーンさんを含めチビたちを連れて出かけてしまった。
10代目は、もうすぐ三時だからおやつ持ってくると言っていた、のは覚えている。
その後のランボの10年バズーカ誤発射は思い出したくもない出来事だったが…ということは時間的にはあまり経っていないことがわかる。
10年後の自分が居るのなら日本ではなくイタリアかも知れないとも思っていたが、時差を考えると確証が薄くなる。
自分はあの方の右腕として10年後は側に居るのだろうかと、そればかりが気になった。
未来は自分で作るものなのだから、無暗にこの時代に波を立て行くことは無いとは思っていた。
この時はまだ自分で自分の未来を信じていた。
「くそっ、どういうことだ!」
利き腕をドンッと壁にぶつけたのは、時計が5分を回っても一向に元の時代に戻る気配がなかったからだ。
思い起こせば精密機械なのにランボが無暗に10年バズーカを使っていて、変則的に獄寺に当てたのだ。
あの時点でバズーカ事態の調子が悪かったと考えつく。
元の時代に直ぐに戻れないのならば、じっとしているわけには行かなかった。
ガチャガチャと唯一部屋にある扉のドアノブを回すが鍵がかかっており、ドンドンドンと何度か扉自体を叩いてみる。
「………獄寺さん。落ち着いて下さい。」
反応するように名前を呼ばれた先は、扉の向こうにあった。
誰かが扉の前に居たのであろうか。
「誰だ?」
その若い男の声に獄寺は思い当たりがなかった。
10年後の世界という現実の中では余計に、人物が掴み取りにくい。
男は返事を特にせずに慌てた様子でバタバタと廊下を走って行く音が別に聞こえる。
どうやらどこかに行ってしまったようだ。
イライラが積もり、チッと一度舌打ちをした後、懐からダイナマイトを取り出そうとしたら、今度は逆に急いでやってくる一つの足音があった。
「獄寺!」
冗談が一切混じっていない通った声で、また名を呼ばれた。
「…山本か?」
聞き覚えのある声だが、獄寺が認識している山本の声よりは少し低かった。
10年後ともなるとそれくらいの変化はあるのかもしれないと思って半信半疑ながらも、馴染みの名を呼び返す。
この未来の状況は全く把握できないが、近くに山本がいるということは何らかの関係があるのだろうと推測する。
「もうしばらくその部屋で謹慎してろ。気持ちはわからなくもないが、また自殺しようなんて絶対にするなよ!」
扉越しで言われているので獄寺からは表情をうかがい取れないが、厳しい声で山本はそう言った。
その声の調子にいつもの明るさは全く見受けられなかった。
「何、言ってやがる?なんだって、オレがそんなことを…」
どうやら10年前の自分と入れ替わっているということは、山本には気がつかれていないようだった。
声だけで気がつけというのは確かになかなか難しいことであろう。
だが、その説明をする前に自分が自殺しようとしていたなんていう、意味不明なことを言われたことの方が衝撃だったので、問い詰める方が先決となった。
確かに昔はやけに陥った時期があって、自分の命を軽んじていた時もあったが、リング争奪戦を経て生きることの大切さを獄寺は学んだ。
それを本当に教えた人に報いるためにも、自殺などいうことをするとは今、微塵も思っていなかった。
「まだ頭が混乱してんのか?………あれは夢じゃない。現実なんだ。辛くても受け止めろ。」
オレだって信じたくないと言わんばかりに、苦しそうに山本は言う。
あんなこと誰だって信じたくないが、割り切りたくなくても現実は残酷にも降りかかるものだと今更ながら実感する。
それほど彼は、深く根強く皆の心にあったのだ。
「…一体、何があったんだ?」
未来を知ることは良いことではないと獄寺はわかっていた。
しかし、自分が自殺しようとするまでの出来事が起きたのだとしたら、誘惑に負けても知りたかった。
騙すようにも思えたが、山本に説明を求める。
「………おまえは…ツナがおまえをかばって銃殺された後、直ぐに病室で後追い自殺しようとしたんだよ。」
言いづらい部分があったが、はっきり現実を知らせるために山本は事実を述べた。
あの日、あの時の光景を忘れられるはずもない。
繰り返し繰り返し襲いかかる、悪夢ではない現実を。
この世界に、沢田綱吉はもう居ない。
カルマの砂時計 1
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