「あなたは、これから死にに行くんです。行ってはいけません!」
力強い制止の言葉が響き渡るのは、光を必要最低限に落とされたツナの執務室。
広い執務机を挟んで目の前にいる右腕である獄寺へと、ツナが決意を固めて伝えると、遮ってそう返された。
「獄寺君ってさ。時々、予言者みたいなこと言うよね。」
懐かしく昔みたいにふっと軽く笑ってツナは応えた。
遮っていた机の横から回り込み、獄寺にそっと近づく。
二人の付き合いは長く、かれこれ10年間ずっと自分の側にいてくれた。
まるで、己の超直感のように冴え渡る獄寺の言葉を受けて、何度もツナの身を守ってきたのだった。
「そうです。オレにはわかるんです。知っているんです。」
切羽詰まった声を出して獄寺は銀の髪が揺らしてから、ツナのか細い両手首を掴んだ。
キリッと赤い痕が残るくらい強く。
最愛の人物へと向けられる真実を伝える。
「今まで助けてくれてありがとう。たとえ獄寺君の言う通り、死ぬんだとしてもオレは行かなくちゃいけない。」
そうだとしても自分の身以上に守るものが今のツナにはあった。
これから向かうミルフィオーレとの会合の、覚悟はしている。
どれだけきな臭くとも、向こうが指定したのは、他ならぬボンゴレ10代目である自分なのだ。
「交渉人を有無言わさず殺したミルフィオーレが、今度の会合で真っ当な場を用意していると本当に思うんですか?考え直して下さい!」
全てをツナ一人が背負い込むことなんてないと、獄寺は思っていた。
ミルフィオーレが提示したのは、一応正式な交渉の場ではあった。
しかし、見計らったかのように他の守護者が出払った時に言われたのだ。卑怯だった。
了平はヴァリアーへ行っているし、山本とランボも偶発的に離れており、雲雀とクロームは元々このアジトへ定着はしていない。
家光もイタリアへ行っており、他の幹部もいないとなると、獄寺一人ではツナを守りきれなかった。
「これはリング破棄をしたオレの責任でもあるんだ。行かせてくれ。」
後悔はしていないが、もうボンゴレリングはない。
ミルフィオーレだけではないが、あらゆるマフィアがボンゴレリングへと固執していた。
一部の守護者の反対を受けながらも、破棄を命じたのはツナなのだ。
もう、自分たちに直接的に力で抑え込むことは出来ない。
イタリアのボンゴレ本部は落ちたと、連絡があった。
今までの行為が自分をいぶりだすためだとしたら、ボンゴレ狩りが本格的に始まる前に自分が出て行けば、もしかしたらボンゴレに対する行為が和らぐかもしれない。
だから…と、心配する獄寺をばっと振り払って、ツナは廊下へ続く扉へ手をかけた。
「………残念です。10代目。」
しめやかに落とされた獄寺の悲しい声。
ドンッ
音はとても小さかったが、鈍い銃声が一発静かに響く。
肉体を貫いた銃弾が扉へと痕を残したのだった。
「ど、うして…そこまで………」
なんとか振り向いたツナの背後には、硝煙立ち上る拳銃を握り締めた獄寺が居た。
彼の放った銃弾が、ツナの右太ももの外側を貫いたのだった。
ドンッ
よろめくツナに続いてもう一発…左の二の腕を打ち抜いた。
悪意のない純朴な弾丸だからこそ、痛みより先の疑問をツナは感じた。
あなたは悪くない、行かせない。と込められたのはわかったが、ここまで極端な行動に獄寺が出るとは思わなかったのだ。
「安心して下さい。後遺症は残らないようにしました。直ぐに医者も呼んできます。あなたはここで寝ていて下さい。」
右足と左腕をかばって、がくんっと膝が落ちるツナを獄寺は優しく抱き止めた。
刻まれた銃創を慈しむように見下げる。
こんなことをして許されるとは思っていないが、どうしても獄寺はツナを行かせるわけにはいかなかった。
このあとの最悪のシナリオを知っているから。
「待って、何をする気なんだ?」
傷を労わりながらも黒革のソファへ運ばれそっと身体を置かれると、獄寺は颯爽と部屋を出て行こうとしていた。
ツナ一人を置いて行く先なんて、一つしか思いつかない。
「すべてが終わったらオレを殺してくれて構いません。さようなら。」
捨て去るように最後の言葉を告げると、パタンッと扉を閉めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
儀式のように行われる死刑執行は、脳裏に焼き付いて離れない。
無垢で純白なあの方に相応しい花を棺桶一杯に敷き詰める。
彼の最期を彩る象徴となるのだから。
獄寺は、その中に入った美しい死に姿を見下ろした。
誰にも侵害されないようにとひっそりと森の中で眠って下さい。と、伝えて漆黒のフタを閉じた。
そして、草むらの上にひざまづく。
どうしても彼を諦めきれない…過去も未来も変わらなかった。
「これが、おまえが望んだ結末か?」
棺桶の前の獄寺に声をかけたのは、リボーンであった。
もうリボーン自身も自分の命が長くないとわかっているが、教え子の最後を見に来たのだった。
そして獄寺を問い詰める。
「…そんなわけないじゃないですか。」
ゆっくりと立ち上がりなおしてから、答える獄寺の声は驚くべきほど静かだった。
足と手を撃って止めても、結局彼はあの場に来てしまった。
降り注ぐ弾丸に転がるツナをまた目にする結末。
「やっぱりてめーはツナがあの時死ぬのを知ってたんだな。それで、このザマか。」
リボーンはツナが銃弾に倒れる場面に立ち会ったわけではなかったが、明らかに知っていたように動く獄寺の行動を聞いて見当はついた。
全てはこの日のために10年前に獄寺がやって来たことを。
よかれと思って放置しておいてやったが、結果は目の前に転がり落ちている。
「そうです。オレはまた10代目を死なせてしまいました。」
あなたにそれを言われるのは何度目でしょうかねと、顔を向ける。
結局10年間またオレは何も出来なかった。
死ななければいいと思ってやったのに、不慮は必ず訪れるのだ。
「1回や2回じゃねーな。こんなことの繰り返しを何回してやがる!」
獄寺の様子からようやく全てがわかった。
リボーンは、何回も過去を繰り返す獄寺に問い詰めるように怒鳴った。
「まだ、たった13回目ですよ。オレがこの場面に立ち会うのは。」
ふっきれたように獄寺は真実を語った。
そうだ。何度繰り返しても、再び棺桶の前に容赦なく引きずり出されるのだ。
他のことなら何でも回避出来るというのにツナが死に行くことだけは変わらない。
もっと極端な方法をとったこともあったから、いつか自分がツナを殺してしまうかもしれない。
子供の白蘭や入江を殺そうとしたこともしたことさえあった。
しかし、どんな手段を用いて全ての要因を摘み取ってもミルフィオーレは止まらず、結局は同じ結末が訪れてしまう。
10年の歳月を経ているというのに、まるであの場面だけ何回も何回も繰り返すようだ。
「いい加減諦めろ。もう止めるんだ。こんな連鎖は…」
リボーンは銃を構えて、獄寺を狙った。
少なくともここで断ち切れば、これから先は途絶える。
ツナが死ぬという結末は変わらなくとも、繰り返しは終わるのだから。
「もう手遅れです。ここで終わって、そしてまた始まる。」
そう言った瞬間に、みるみるうちに獄寺の周りを包む淡い煙が現れる。
一瞬気を取られて撃つのが遅れてしまったが、これは幾度も目にしたことのある10年バズーカの煙であった。
今度こそはうまくやりますと、言い残した言葉が聞こえたような気がした。
また模倣的な演技をするために、取り返えせない過去へと舞い戻って行った。
これより先の未来を獄寺が見ることは永遠にない。
ただ、繰り返され続ける過去。
永遠の過去にすがる男 4
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