この喜びを一言で表すことなんて、到底無理なことであった。
ついに辿り着いた入江正一からもたらされた数々の言葉は、簡単には信じられるようなものではなかったのかもしれないが、これこそが待ち構えていた本当の結果である。
ずっと敵だと思っていた入江正一が実はボンゴレサイドに協力していて、白蘭率いる新たなる真6弔花の出現には驚きっぱなしではあった。
執行猶予のように、ミルフィオーレ側から差し出されたのは10日という日数。
長いようで短くもあるその時間をわざわざ与えたのは、最高の舞台を用意して楽しみたいという白蘭の思惑に踊らされているだけなのかもしれない。
それがわかっていても、新たな匣や了平という仲間を手に入れた今は、今だけは帰還の喜びに満ちあふれていたかったのだ。
出迎えてくれた皆を前に、ツナは少し涙ぐみそうにもなってしまった。
まだ過去に無事に帰れるとは決まっていなかったが、それでも一握りの道が示されただけでも、気持ちは違ったのだった。
使い果たした力を取り戻すために、2日間は休息をとると家庭教師のリボーンから通達があった。
いくばかの談笑を終えた後は、浅いベッドにもぐりこんでようやく落ち着ける。
ツナの意識が遠のこうとしていた、まさしくその時であった。
キィ
暗闇の中で僅かに響く音が耳に入り、ツナは身をあげてそちらのほうを見た。
「…獄寺君?」
僅かに差し込む廊下の光からおぼろげな姿を確認して、ツナは思わず声をかけた。
所用でちょっと部屋を出ていくことなんてありうることだったのだが、それでも下のベッドで寝ている筈の獄寺の様子に違和を感じたのだ。
彼も相当疲れている筈なのに、ツナはその足取りの違いに気がついてしまった。
「すみません。起こしてしまいましたか。」
はっと振り向いてから、獄寺はツナの方へときちんと向きなおった。
「どこに行くの?」
ベッドから降りずに縁に手をついて、獄寺を見下ろすと、やはりそのまま眠りにつくような格好をしていなかった。
「いえ、ちょっと外に行ってくるだけですが…」
歯切れ悪そうに視線をずらし、そう答えた。
「外?どうして。」
率直な疑問をツナは口にする。
今はもう消失してしまったが、メローネ基地から外に出たツナ達は直ぐにアジトに戻った。
危険は去ったとはいえ確証はしていないし、レーダーに反応がないだけで、白蘭が言った10日間待つ言葉が全て本当とも限らない。
実家がある自分たちとは違い、家に執着しているようなわけでもない獄寺が、外に求めるものなんてあっただろうかと記憶を探る。
「どうも気になることがあって、眠れないんです。それで、入江にどうしても確認したいことがありまして…」
「さっきからずっとボンゴレ匣を見ているけど…もしかして、入江さんのところに行くの?」
気になる名前が出てきたので更に反応する。
壊れるくらい強く持っているそれをツナは指さし、また自身のボンゴレ匣も差し出してこれからを示した。
あまりにも獄寺は、放っておけないほど思いつめた顔をしていたのだ。
「はい。」
この方に隠し事などできないと、ボンゴレ匣に視線を落としながら獄寺は正直に答えた。
入江とは必要最低限な話をしただけで、とりあえずアジトに戻ることになってしまったが、まだまだ聞きたいことが山ほどあったのだ。
「オレも行くよ。」
そう伝えるとツナは瞬く間にベッドから降りて、着替えのパーカーを取り出しはじめる。
「だ、ダメです。10代目は休んでいて下さい!それに、オレが知りたいことはあなたを傷つける結果になるかもしれないんです。」
あたふたと、制止の手を獄寺は前に出した。
なにかあっても必ず守るとはいえ、外の危険が全てぬぐい去ったわけではないし、それに何より入江に対して聞きたいことの一番の当事者はツナなのだ。
「オレは大丈夫だよ。それに、オレじゃ君の悩みを解決することは出来ないかも知れないけど、せめて共有したいんだ。だから、一緒に行くよ。」
何があっても、一人よりは二人の方が絶対にいい。
それを信じてツナは強く言ったのだった。
「…あ、ありがとうございます。」
言葉を受けて、獄寺はくしゃりと歪めた顔を整えて見せた。
それでもまだ心に残る罪悪感―――
どんなに道はたくさんあっても、辿り着く場所は必ず一つ。
だからこそ、道は開かれるもの。
メローネ基地自体はもう消えうせてしまったが、後から付随していた並盛町を繋ぐ設備は残っていた。
不安定な状態にあるとはいえ、いくつかの認証は、パスできるように入江の取り計らいがしてあったので難なく二人は進んだ。
夜は深くあったので、別段他の人とすれ違うようなこともなく、あらかじめ入江に示された最短ルートを抜け辿り着く。
「………さん…入江さん………入江さん!」
やっとその言葉が脳内に届き、入江ははっとした。
見ていたディスプレイから目を離してから身体をずらし、現状を把握する。
「ん、スパナ?じゃなかった…綱吉君じゃないか!」
スパナは別のところを見に行ってもらっているので、てっきり誰も話しかけると思っていなかったから油断していた。
音楽がかかったイヤフォンを外した後に、びっくりして入江は顔をあげると、ツナと獄寺の姿が見えた。
「お忙しいところ、邪魔してすみません。作業の方はどうですか?」
よくツナにはわからないことをしている入江だったが、とりあえずそう声をかける。
「ああ、概ね順調さ。ところで君たちこそ、どうしたんだい?」
入江はモニターに集中するのを止めて、見上げる形となっていた体勢から身体を上げる。
彼らは、まだ15歳の少年と言ってもおかしくない年頃なのだ。
今頃、ボンゴレアジトでゆっくりしていると思っていたから、突然の訪問に驚いて入江は尋ねる。
「………確認したいことがあって、来た。」
ここですっと前に出た獄寺が二人の会話に割り入る。
ずっと悩んでいることがあった。
それを解決するために、メローネ基地に潜入してこの男の元へ向かったのだ。
今こそ、答えてもらう番であった。
「そうだな。詳しいことはまだあまり話していなかったから、再び守護者全員が集まってからにしようと思っていたんだが…聞きたいことがあるなら答えるよ。」
作業の手を端へとどけて、入江は身体を横へと動かした。
できればこの短い時間ぐらいは未来への不安などを取り除いて、休んで欲しかったのだが、本人たちが望むのならば仕方無いことであった。
「オレが聞きたいことは一つだけだ。………未来の10代目は、本当に亡くなったのか?」
ボンゴレサイドの人間じゃなかったお前ならはっきり答えられる…そう思っていたからこそ、獄寺はたった一つを鋭く訪ねた。
ツナの心情を察して、今まで獄寺は直接的な言葉だけは避けていたが、ここだけはしっかり訪ねる。
入江に対しては完全には信頼していない部分があったが、それでも…皆の前では言わなかった、その我が侭を。
「獄寺君!」
驚く質問に、間を挟む言葉をツナは飛びこませる。
まさか、そこまで思いつめていただなんて思わなかった。
それこそ自分ではあまり考えないようにしていた、逃げていた未来の出来事であったのだ。
だから獄寺は自分がついて来るのを嫌がったのかと、ツナはやっと理解した。
彼は自分には、優しい………優しすぎるのだ。
「ああ、そうだ。この世界の沢田綱吉は既に亡くなっている。」
短く切って、ずしりと重く入江は言った。
とてもむごい出来事なのかもしれないが、この事実だけは変えられない。
だからこそ、残酷に言葉を落とすようにはっきりと示した。
「そんなこと…信じられねぇ!どいつもこいつも、どうやって…何で…と聞いても詳しく答えねぇじゃねえか!」
怒りに任せて、だんっと横の土壁を殴るとぼろぼろと砂が舞う。
10代目がお亡くなりになられただなんて信じられません!と叫んでも誰もが口を閉ざした。
理由を知らないが、苛立ちばかり募って、かわされ続けて来たことで皆深くは追及したくないのだ。
だからといって、あやふやなままで獄寺が受け入れられるわけもなかった。
感情論は違うのだ。
信じたくはなかった、この目で確かめるまでは。
「信じる信じないは、勝手だが………ならその目で確かめるかい?ただし、受け入れられる覚悟があるならば…だが。」
ズレたメガネを直しながら、慎重に入江は言った。
このこと自体、イレギュラーだから本当はよくないのだが、仕方ない。
ミルフィオーレ側の人間としていた入江としては、ツナの死の詳しい状況は知らないから客観的な意見しか言えないが、自分は部外者ではない。
この計画の提案をしたのは自分自身で、引っ張り込む結果となった彼らには知る権利があるのだ。
だから今後、ずっと獄寺にそんな気持ちでいられても困る。
疑惑を持ち続けたままの嵐の守護者では使い物にならない。
彼らにはなんとしてもボンゴレリングを使って白蘭を打倒してもらわなければいけないのだ。
不安定要素があるのならば削らなければいけない。
「そんなこと出来るんですか?」
驚くような入江の言葉に、先ほどまで黙っていたツナが口を挟む。
「ああ、理論的には可能だ。ただし、この時代の彼らを装置から出すことは出来ないから、逆に君たちが装置に入ってもらうことになる。もちろん、会うと言っても本人同士を合わせるわけにはいかない。この時代の沢田綱吉と君たち…10年前の獄寺隼人が接触するのが辛うじて可能なだけだ。さあ、どうする?」
中に入ったとしても見えるのはホログラム投射で、安全を保証するだけではあるが。
詳しい説明をしている場合でもないので端的な結果だけを入江は示した。
「お会いするに、決まってる。」
一目お会いさせろと、飲み込んだ言葉を入江から提案されるとは思わなかった。
話をすることも出来ない、助けられるわけでもない、何も出来なくても、屍が転がっているのを見るだけだとしても、それが事実なら受け入れると思ったのだ。
「わかった。少しプログラムを組みかえるから、その装置の横に着いている土台に乗ってくれ。それと念のため、綱吉君は離れてほしい。」
なるべく機械的に言うように、入江は備え付けられた白い台座に上がるように指示する。
自身は、傍にあった装置へと手の平を近付けると自然にパネルが開いた。
空間がねじ曲がるのを防ぐ隔離をするために、ナノコンポジットの壁で取り込まれた装置を操作する作業に没頭する準備に取り掛かったのだ。
「さしでがましいことをして申し訳ありません。10代目の方が気になりますでしょうに。」
今や外界からむき出しとなった白い装置へと入江に指示された場所へと向かう前に、獄寺はツナへそう伝えて頭を下げた。
未来は変わるのかもしれないが、確かに今あるこの現実は受け止めなければいけない。
「ううん。オレの方こそ、獄寺君に辛い役をやってもらって…ごめんね。だからこそ、お願いするよ。」
どちらかというとあまり未来の自分については詳しくは知りたくないような気がしていた。
自分のことを含めこんな未来を変えるためにやってきたとはいえ、深く考えないようにしていて修行も忙しかったし、まだ未来を受け止める自信がなくずっとあり続けていた。
今こそ、全てを受け入れる時なのだ。
興味がないわけではないけどさすがに不注意に消滅したくはない。
連鎖的に壊れる世界は、そこから未来が崩れる可能性もある。
だから、ツナにとっては直接会わなくて済むことが幸いなのかもしれない。
それに、獄寺が受け入れた結果ならば、ツナも受け入れられると思ったのだ。
獄寺が乗った瞬間に、ガタンッと軽い音を立てて、白い土台が上がる。
メンテナンス用らしく人一人が乗ればその場は精一杯だ。
淀みなく上り詰めると、土台は間もなく装置の中腹まで差し掛かると、ゆっくりと止った。
近づくと余計にその巨大な大きさを実感するほど、凄いとしか言えない技術の固まり。
獄寺の目には、いくつかナノコンポットが規則正しく組みかえられている様子が見える。
この中にいらっしゃるのが、獄寺が最も膝まずくお方なのだ。
会える喜びと恐怖の双方を持ちながら、獄寺はその瞬間を待った。
長い、長い時間だった。
まだか?と普段ならイライラするだろうに、遅いなどという文句は一言たりとも発しなかった。
それなのに、次にガコンッと音がしたと思うと獄寺が乗っていた土台はさっきとは逆方向に下へと降りたのだ。そして元の位置に戻るように、入江へツナがいる場所へと戻る。
「入江さん、どうしたんですか?」
その様子をはらはらと伺っていたツナが駆け寄って疑問の声を出す。
先ほどから操作パネル相手に四苦八苦していた入江の様子がおかしい。
「すまない…どうやっても会わせることは無理なようなんだ。」
少し汗を滲ませて困ったように入江は口にする。
少しだけならば、大丈夫だと思っていたのに、叶わない。
「どういうことだ?」
当人である獄寺が近寄って、改めての確認の言葉を出す。
先ほどは出来るといったのに突然すぎたのだ。
「この時代の獄寺隼人と君を合わせないように、ナノコンポッドを遠くに引き離す操作を何度もしたんだが、どうしてか離れないんだ。常にこの時代の沢田綱吉の隣にありつづけている。」
こんなこと現実に有り得るのかと、入江は自らの作った装置を疑う。
自在に動かせるはずで故障をした様子もないのに、なぜかそれだけが出来ない。
そんなに近くでは、過去の獄寺隼人が未来の沢田綱吉に会うのは危険すぎた。
さて、どうするかと、再び入江が悩む番となった。
「わかった。もう、いい。」
その入江の言葉を聞いて、少し口を閉ざした後、獄寺はゆっくりとそう言った。
「獄寺君?」
いきなり折れて態度を変えた後、納得した様子を見せて、びっくりしてツナは彼の名を呼んだ。
獄寺には、呆れたとかそういう感じには見受けられなく、もう未練は残さない様子を見せたのだ。
「もう、我が侭は言いません。色々ご迷惑おかけしました。行きましょう、10代目。」
それっきり獄寺は、多くを語りはしなかった。
ただ、最後に白い装置に向かって口が何か動いたのをツナは見たのだ。
それは、守ることの出来なかった主君の傍へとあり続ける、10年後の獄寺隼人に向けられていた。
獄寺は、全てがわかってこの時代のツナの死を受け入れたのだ。
死したからこそ、絶対に未来の自分は離れない。
たとえそれが10年前の自分だろうとしても。
寄り添うように並び続ける二人は、死んだままつなぎ止められていた。
分子になっても挨拶を 3
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