『これで最後だ。』
あっさりと突きつけられた手紙の終わりには、そう締めくくられていた。
気分が有頂天から一気に下落した獄寺は、読み終えた手紙をぐしゃりと握り潰した。
「なんで、だよ…」
その苛立ちに応える者はこの場にはいない。
わかっていても独り言のように獄寺は口に出してしまったのは、それほど動揺したからであった。
何をどう考えてもこの手紙のあて先は自分であろう。
そう確証が持てるのは、文面の文字が全てG文字で書かれていたからであった。
最後の最後までこんな…
潰れた手紙を手から離すと、ぽとりと机上に落ちる紙。
ああ、5分という時間はなんて短いのだろうか。
程なくすると、身を包む白い煙に獄寺はまかれた。
未来から過去へと戻る道しるべがこんなに疎ましいとは思いはしなかった。
「大丈夫?獄寺君。」
へたりと座り込んだままの獄寺が現れて、ツナは驚き半分にも声を出した。
彼はたった今、10年バズーカの効力が切れて戻ってきたばかりであった。
その原因となったランボは泣き叫んだまま部屋を飛び出てしまったのでこの場にはいない。
このところ、子供ながらの癇癪がやや酷くなったランボはふとしたことで簡単に10年バズーカを発射することが多くなっていた。
主な犠牲者は当人である10年後ランボだったり、よく一緒に遊んでいるイーピンだったりに限定されていたことが大概だったのだが、最近は泣き叫ぶ原因を作る獄寺自身にも飛び火をしていた。
あれだけランボやイーピンが食らうのだからいつかはこちらサイドにもとは考えていたが、あっさりその機会が来てしまったというわけだ。
そうは言っても、獄寺がランボに対して怒りを見せるのが減るわけでもなく、今日もまた10年バズーカを食らってさようならをしてようやく帰ってきたところだった。
「………平気っス。」
そうは言うものの、獄寺はなかなか立ち上がれず、珍しく顔を沈めたままであった。
いつものように未来から戻ってきた途端、怒りの元であるランボを探そうというそぶりさえ見せはしない。
「平気って顔、全然してないけど…」
さほど広くもないツナの部屋だが、獄寺に近寄ってツナは聞いた。
今までは逆に元気そうだったから別にいいかなーとは思っていたけど、もしかして身体の調子が悪いとかそういうのだったら、困る。
よく考えなくても、このところ獄寺は頻繁に10年バズーカに当たっているのだ。
その頻度は酷いもので、身体的な副作用の話なんて聞いていないが、マフィアが作った道具で普通のバズーカならダメージを食らってもおかしくないものなのだから、獄寺の身体に何かしらの異変があったとしても不思議ではないのかもしれない。
「ご心配おかけして、恐縮っス。あの…アホ牛はどこに?」
さすがに座り込んだままは不味いと判断して、さっと獄寺は立ち上がった。
そして少しきょろきょろとランボを探すが、見当たらない。
「ランボは台所に居ると思うけど、何かあったの?」
これは身体的なことではないということが何となくわかって、ツナは改めて尋ねた。
いつもなら怒り狂って制裁を加えるためにランボを探すのに今日はそれがなく、静かでどこか上の空だ。
ツナ自身はまだ10年バズーカによって未来に赴いたことがないのだが、幼いランボやイーピンと違って賢い獄寺なら未来で見たものに対して何かしらの衝撃を受けてもおかしくないと思ったのだ。
「いえ、特に別に………」
何もないかと聞かれると嘘になる。
獄寺がツナに対して完全な嘘をついたのはこれが、初めてだったかもしれない。
それでも、真逆を口にするしかなかった。
たかが手紙一つに同様するだなんて、情けないのかもしれない。
それでも続いたやりとりが途絶えるなんてことは、考えたくなかったのだ。
思い起こすのは、初めてそれを発見した時。
数ヶ月前。
「あの、アホ牛が!」
10年バズーカによって未来に飛ばされた獄寺は現状確認より先に、その悪態を口に出した。
自分自身に当てるなら未だしも、まさかこっちに当てられるなんて、不覚をとったものだ。
ああ、ムカつく。
5分経って戻ったら覚悟しとけよ、一度しめる。と伝わらない想いをぶちまける。
イライラするのにこういう時に限って、胸ポケットに常備している筈のタバコを切らしているので、吸えやしねぇ。
つーか、ここはどこだ?と、ようやくこのあたりで獄寺は現在自分の居る部屋を見回した。
10年バズーカによって順当に入れ替わりがなされたと言うことならば、ここは10年後の自分が居た部屋ということだ。
というか、多分ここは未来の自分の部屋なんだろうなと獄寺はピンッと来る。
無機質で窓もろくにない部屋だが、インテリアの配置とか感じが全体的に自分好みだったからだ。
ここまで再現するのは、自分自身以外になかろう。
ああ、出来ることなら10年後の10代目のお姿を拝見したいところだが、既に数分経過している今、あのお方をお探してお会いすることは少々難しいだろう。
仕方なく、とりあえずイライラ解消のために、タバコでも探すかと獄寺は室内を物色することとした。
もちろん勝手に探すことに罪悪感などない。
ここはあくまで自分の部屋という認識なのだから。
寝タバコの趣味はないのでベッド周辺は無視をして、シルバーアクセなどを収納している戸棚をざっと開いた。
「あーピアスしてんのか。また随分種類増やしてんなぁ。」
別に目的な物ではないが、重なったカルトンなどが目に入ったので独り言のように獄寺は呟く。
続いて下の扉を開くと、未来のダイナマイトと思しきものと一緒に積まれた大量のタバコのカートンを発見する。
部屋に来た時から染みついているヤニの臭いからわかっていたことだが、吸う量やタールは随分と増えたようだ。
とりあえず一箱拝借しようと、手を伸ばそうとした瞬間だった。
「ん?何だ。」
指先にかさりとぶつかったのは、タバコの箱ではなく手紙あった。
ダイナマイトとタバコと一緒に置かれているのが手紙というのは、酷く面妖に見えた。
気をつけてはいるが、万が一引火したら、このダイナマイトの量ではお釈迦行きであったからだ。
不審がって、獄寺は手紙をつまんで取り出してみた。
「これは、G文字?」
普通にはただの記号の羅列に見えるそれを、獄寺は一瞬で見抜いた。
当たり前だが、これは自分で作成した言語であるから、筆跡から見ても未来の自分が書いた手紙ということになる。
そして、宛名面にはご丁寧に『過去のオレへ』と示されていた。
またも不審がるしかなかったが、ここまで書かれていて、手紙を開かない性格では獄寺はなかった。
生憎、周囲にペーパーナイフが見当たらなかったため、固められた蝋を避けるように封を開いた。
中から出てきたのは一枚の紙切れで、そこには。
『10代目をしっかりお守りしろよ』
と、またもやG文字で書かれていたのだった。
「はぁ?てめーに言われなくても、んなことわかってる!」
もっと重要なことが書かれているかと思いきや、当たり前のことが簡潔に書かれていたので獄寺は唸った。
ぼふんっ
と、意味が分からないまま、獄寺の周囲を覆ったのは10年バズーカによる煙だった。
あっさりと現代へ戻る道が示唆されたのだった。
あくる日、現代に戻った獄寺は敬愛する10代目に一つの疑問を投げかける結果となった。
「あ、おかえり。獄寺君。」
心配そうに出迎えたのはツナで、ランボの放った10年バズーカの煙によって少々煙くなった室内を換気しようとしているところであった。
全く…毎度のことだが、本当に手がかかる。
どうしてランボは怒られるとわかって、わざわざこの部屋で獄寺を怒らせるような言動ばかりするのだろうか。
もしかしたら、獄寺がこの部屋内では怒ってもダイナマイトをばら撒かないことを知っているかもしれない。
一度そういう騒ぎになったとき、ツナは獄寺にダイナマイトの散布だけはやめてくれと頼んだことから、最低限それだけは遠慮してもらっている。
それをランボが聞いていて計算しているとしたら、嫌な6歳児だなと心底思った。
だから最近、この部屋で10年バズーカが獄寺に向けられる結果となることが多いのかもしれない。
「あの、10代目。お聞きしたいことが、あるんスけど…」
未来から帰って来た早々だと言うのに獄寺はやや歯切れ悪く、そう言った。
「ん?どうしたの。」
南側の窓を網戸にしたところで、ツナは獄寺の方を振り向いた。
「10代目は、10年後のオレと会ってるんスよね?どうですか、奴は。」
今まであまり具体的にそういう話をしたことがなかったのだが、獄寺は初めて聞いた。
10年バズーカによって入れ替わりがなされるのは、十中八九がこの部屋で、獄寺がツナの部屋にいるのはツナがいるからという理由が大きい。
必然的に入れ替わりが起きた際に、10年後の自分とご対面しているのはツナやランボであることが多かった。
少し気になる素振りを見せる。
「どう?って聞かれても、困るんだけど…そうだなぁ。格好いいよ。それに、優しいし。」
うーんと頭を捻りながらもツナはそのままを答える。
実際、10年後の獄寺はどこまでも紳士的な対応だった。
10年後のランボと違ってフェミニストっぽくはないし、ツナに対しても敬語で忠誠厚い姿が見られた。
容姿も純粋に格好いいというならば、ああいう人のことを言うんだろうと思った。
ただ、毎回5分という短い時間なので多くを語ることはないけど。
その後も何度か10年バズーカによって獄寺は未来へ飛んだが、毎回訪れるのはあの部屋で一人きりという状況であった。
状況は色々だったが見計らうように必ず一人の空間というのが、こう何度も同じ状況が続くと言うことは、記憶力のいい自分のことだ。
どうせ過去で10年バズーカを使った日・時間くらいは覚えていて、わざとあの場をチョイスしているのであろう。
行動パターンは把握されている。
5分間では何もできないとはいえ、確かに未来の情報を無碍に与えるのはよくないことだと獄寺自身も理解できたが、毎度同じでは拍子抜けするしかなかったのかもしれない。
しかし、それ以上に獄寺を惑わすものが毎回あの部屋には用意されていた。
G文字の手紙というそれは、必ずあった。
同じ宛先で内容は、一言で表すと毎回同じようなものであった。
「毎回、毎回、毎回………10代目、10代目って…」
予想通り、鬱陶しいほどツナに関する心配事ばかり書かれている手紙で、獄寺は頬をひくひくさせながら苛立ちを口にした。
そこには具体的な内容は皆無に等しい状況だ。
一度だけ…あまりにムカついたので、その辺りにある適当そうな余白のある書類を選んで、G文字でウザいと書きなぐったことがある。
未来に干渉するなというならば、過去にも干渉するなと言いたくて…それに対する返信など有りはしなかったから、余計にムカつく。
こっちは時間がないし、いつランボに10年バズーカを当てられるか予想も出来ないから、何も準備が出来ないと言うのに。
他人の家なんて普段は気にしないが、そこがツナの家というならば、獄寺だって遠慮する結果となる。
何なんだ、10年後のオレって。
こんなに性格悪くなってたのか!
直接会う機会がないからこそ、余計に10年後の自分という存在が気になった。
どんな人間になっているのだろう。
部屋から多少の未来像は想像できるが、それは衣服や持ち物がわかるに留まる程度だ。
この手紙からは人物像がまるでわからないが、それでも。
いつしか、手紙を待ち望んで探す自分がいた。
唯一、自分と彼を繋ぐものだったから………
だからこそ、最終勧告を受けた衝撃はかなりの物だった。
そして、その通りに事は起きるものだ。
最後という手紙を見て以来、幸か不幸か10年バズーカによって獄寺が未来へ赴くことは無くなってしまった。
背徳の premier amour 1
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