最初、ツナは自分の耳が突然悪くなったのかと思った。
自分の声がきちんと聞こえるのは脳を伝わって認識しているから大丈夫なだけかと、よくわからないことをぐるぐるする。
ぶんぶん頭を振ってみるが、無駄だ。

「Io sono spiacente. Io fui sorpreso improvvisamente.」
改めて、げっと変な声を出さなかった自分は偉いと思った。
また続く獄寺の言葉に、今度は、彼は病気なのか?それとも頭がおかしくなったのか?と、微妙に失礼なことを連想する。
もうこの時点で、それは違うだろうと心の中で分かっていた筈だが、認めたくなかったせいで拒否をしていたのかもしれない。
今の獄寺に何を言えばいいのかわからなくて、結局その場で固まるのみであった。



「よっ!二人とも、何してんだ?」
気まずい雰囲気が流れる直前、それを打ち破るかのように明るい声がさしかかる。
「山本?」
朝一番から爽やかな様子を見せてくれたのは同じく制服姿の山本であったので、ツナは名を呼んだ。
軽く右手をあげていたのを下ろしながら、沢田家の前の道をすたすたと歩いて、こちらにやってくる。
普段から自分たちの馬鹿騒ぎ…主にリボーンが巻き起こすものに付き合ってくれるが、帰りならともかく行きに自宅で彼と遭遇するのはかなり珍しい。
冬とか部活のオフシーズンにあたる時期を除くと、比較的部活の朝練に参加していることが多いからで、声はやや疑問形となる。
「今日、顧問が休みで朝練がないのにさ。うっかり癖で早起きしちまったから、一緒に登校しようと思ってツナんちまで来たんだけど…おまえら、どうしたんだ?ぼやぼやしてると学校遅刻するぞ。」
まだ登校時間がヤバいというわけではないが、話か何かあるなら歩きながらするのが当然だと思っている。
傍目から見て、ぼけっと突っ立っているような二人を見て、山本は一番に突っ込んだのだった。
そう言う山本は、ツナと同じく置き勉をしているのでカバンがやたら薄い。
代わりのように野球用品(山本のバット含む)一式を少し重そうに持っていたが、ゆるぎなくこちらに来た。
「L'ostruisca entrato di mattina.」
その様子をもちろん獄寺も見ていたが、表情露骨にツナ向けて、何かを言う。
眉間にしわを寄せたのが少しわかったので、何かが嫌そうなんだろなとしかツナにはわからない。
というか二人っきりなところで他の者がやってくると獄寺はいつもこんな顔をするから、いつもどおりの行動なんだろうなとだけの認識だ。
「おっ、また新しい遊びを始めたのか?オレも混ぜてくれよ。」
獄寺の不明解な言語を前向きにとらえられるなんて、やや広くなったツナの交友関係から考えたとしても天然な山本だけであろう。
今までツナの周りで起きた無茶苦茶なことも大体、リボーンが言ったマフィアごっこの一環だと思っているので、今回も楽しそうに自分の参加を求めてきた。
「えーと、これには深い事情があってね…」
いや、本当はまだツナ自身が事情を飲み込んでいないのだが、つい癖のようにそう言ってしまう。
何と言って説明しようかと手をこまねく。

「10代目の言うとおりだ。これは遊びなんかじゃなくて、立派な修行なんだよ。てめーなんかには関係ねえ。」
はい?
何だと、今ツナの横から聞こえた無駄に印象深い声が信じられなかった。
えーと…獄寺君。君ちゃんと日本語しゃべれるんじゃないですか、どうなっているんですか、一体?
「何だ。獄寺はオレに対してはいつもどおりなんだな。そっか、ツナ限定か。」
事情を先に飲み込めたのは混乱していない山本の方が先であった。
にかっと笑ってから、ぽんっと納得する。
合間に光る白い歯が健康的に光ったような幻想さえツナには見えた。
「10代目が立派にイタリア語を覚えられるようにと、リボーンさんが直接オレに与えて下さった任務だ。てめーには一言もしゃべらねえよ。」
面と向かってツナに対しては言わない。
直接的には山本に対してだったが、獄寺はしっかりと今回の修行内容をツナに教えてくれたのだ。
誰がてめえなんかにと、頬を引きつらせながら、わかりやすい性格を示した。
悪態をついてはいるのだが、その様子は堂々としたもので、よほど今回の任務が嬉しいのだろうと予想される身振り手振り付きだ。
普段から右腕として求められることを喜んでいたから当然なんだろうが、ぶっちゃけツナにとっては悩む事態に変わりはない。
「ちょっと…獄寺君、何それ?」
呆れたように事情を問いただすのはツナの方になった。
自分限定って、何だか全くもって笑えない事態だ。
しかし、ツナがよくよく考えると、全員に対してという任務だったら獄寺の日常生活が困るだろうと思った。
いや、本人はツナの為ならそれでも構わないと言いそうだが、リボーンが獄寺の日常生活を配慮したとはさして思えない。
それにファミリーの一員として山本を迎えるのをあまり快く思っていない獄寺としては、ツナ限定となった方が喜ぶであろうと行きつく。
理由はそれかとわかるのも、ちょっと悲しい。
ツナとしては山本にボンゴレ関係を巻き込みたくないと未だに思っているので、飛び火しなくて助かったと思うべきなのだろうが、そこまでの余裕は今なかった。
「Addestriamo, e tenga fuori.」
くるりと綺麗に振り向いて、やっぱり獄寺から放たれるのはイタリア語であった。
多分、まともに返答はしてくれていないだろう………









その日の学校は正直、授業の内容なんか全くはいないほどで、最悪だった。
元々獄寺は寡黙というわけではないが、他人に対して全く興味がないという性格であった。
その唯一の例外がツナ一人であって、学校に通っているというのもツナが居るからで、つまり始終ツナのことしか基本考えていない。
そんな獄寺が話す相手はもちろんツナのみ。
たまに山本を交えての懇談はあるが、全体から見れば限りなく少ない部類に入るし、それさえもツナの為。
つまり、ツナ相手にしか殆どしゃべらないというのに、その言語は現在イタリア語なのである。
どうしろというのだろうか。
今となっては普段どんな内容を話していたのかまるで忘れてしまったような感じだが、獄寺はツナに頻繁に話しかける。
別に望んでいなくても。
それが全てイタリア語になってしまった今、無駄に浴びるのは周囲の注目であった。
登校中はまだいい。
歩いて、早歩きで、走って、誤魔化せる部分はあった。
だが、学校は違う。
閉ざされた密閉空間で、獄寺を簡単にやり過ごせるツナではなかった。
それに大体内容が理解できないのだから、聞き流すしかない。
これは過度な物言いをする日本語の時点でも何度かやっていたことだが、今は酷くなっている。
聞き流されるのは仕方ないと思っているので獄寺自身もそのことに対して不快などは感じていなかった。
周囲に不審がられて、なんだあれ…とか思われていても、気にするのは獄寺ではなくツナだったから。
無論、それは並盛中の生徒だけではなく、先生が疑問に思って声をかけても、その程度で変わるような獄寺ではない。
完全無視を決め込んで、どこかへ行ってしまう始末だった。
後に残されたツナの弁解する努力をわかってほしいと、切実に思った。











「どういうことだよ、リボーン。」
終業の鐘がなるといつも以上にさっさと帰宅したツナは、ダッシュして部屋に入ってリボーンの姿を見つけた途端、そう言った。
リボーンに対して困るというより怒るという度合いの大きい言葉をするのは、ツナにしては珍しい部類に入る。
しかし本当に余裕がないほど、今回の修行は気に障ったのだから仕方なかった。
自分の事はまだいい。
だが、先ほど家まで送ってくれた獄寺のイタリア語三昧を、簡単に受け入れるわけにはいかなかったのだ。
「見ての通りだ。獄寺には、おまえ相手にはイタリア語で話すように言ってある。“10代目のお役に立てて光栄です!”と本人は喜んでいたぞ。」
ここで少し気持ち悪く獄寺の真似をするリボーン。
演技はあれだが、確かにそういう獄寺の様子はツナの目に安易に浮かんだ。
良くも悪くも慕ってもらっていることぐらいわかるし、今日の過度な演出のそのせいであろうから。
「だからって…イタリア語ならもっと別の勉強方法があるだろ?」
なんでこんな極端な方法を選ばれるのか、ツナには理解できない。
普通ならこの目の前にいる家庭教師が、学校の授業のようにレッスンするというのが無難なのではないだろうか。
まあリボーンが教えてくれるとなるとそれほど正当な方法でもなかろうが、それでもあんな手段を取られるより全然いいであろう。
「…ツナ、ホームステイの経験は?」
「あるわけないだろう。」
今度はいきなり何を言い出すやら、リボーンは妙な質問をしてくる。
ホームステイどころか日本から出たこともありませんけど、何か?
知っているだろうに厭味かとも思ってしまう。
「その国の言葉を覚えるなら、本場の音を直に感じた方が早いからな。獄寺がおまえにイタリア語を使うのは単純な方法だ。」
つまり、イタリアにホームステイでもさせられないだけマシだと思えと、遠まわしにリボーンは言ったのだった。
「そんなに簡単に覚えられるわけないだろう。これって、いつまで続くんだよ。」
問い詰めるようにツナは少し叫ぶ。
「オレが良いと言うまでだ。朝、渡した辞書はあくまで補助だが、しっかりと読むんだな。」
あくまで辞書は辞書だと、力を込める。
じゃあ、オレは用があるから出かける、頑張れよと言葉を残して、リボーンはツナの部屋から出て行ってしまった。

彼はやる気だ。
言ったからには必ず満足するまで、獄寺のイタリア語は終わらないであろう。
明日も明後日も明々後日もこのまま…
ふっとツナは気が遠くなり、呆然と立ち尽くした。





結局カバンにしまいっ放しな辞書と一緒に、また残された。
前途は明るくない。













絶対忠誠 3

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