今は授業中だ。
間違いなく真面目な授業中で、ちなみに理科の実験をしている筈だ。
それなのにツナの後ろから、女子生徒の一応抑えはしているが、きゃあきゃあした声が飛び交うのはなぜだろう。

生憎、残念なことに現在教鞭をふるっている理科教師の人気は限りなくなく、ついでにやる気もないことがありありで、黒板にて指示を出した後は、適当に生徒の実験模様を見回っている。
実験という内容であったからこそ、理科室での授業となったが、それほど難しくもないので監視の目は厳しくないのであった。
さて、季節はこの際どうでもいいであろう。
黄色い声がこちらに向けられている事はちくちくしたが、それは直接的にツナ相手ではなく、隣にいる獄寺に向けられているものであった。
その獄寺というと、いつもの授業のようにだるそうに態度悪くではなく、あろうことにか、とても真剣に取り組んでいる。
今の状況では今更過ぎて直接的には言わないが、理科の実験となると大体こうであった。
目的はただ一つで、理数系は得意だからと言って自らの勉学というわけではなく、ツナが怪我をするようなことがないように注意深く気をつけているのみだ。
同じような微妙に危険を伴うことかもしれない系の家庭科は獄寺自身がやや苦手な部類に入るので静かにしているが、他の教科の実習系は毎度の有様で、今日の実験なんて、特に勉強に興味がないツナが傍目から見ても危なくなんてないだろうと判断できる代物でも態度は変わらない。
薬品とかバーナーを使うならまだしも、この植物の葉の断片が乗ったプラスチック製のテンプレートで手を切ったりしたら、相当自分は間抜け決定だ。
ダメツナと周囲からはやりかねないと思われているのかもしれないが、獄寺はあくまでも真剣なので、そこまでの突っ込みを今まで出来ないでいた。
沢田の「さ」と獄寺の「ご」が隣同士という日本語万歳な状況で、ツナと獄寺は常に班が一緒であった。
二年に上がったクラス替えの時に、二人の間には何人も男子生徒がいたというのに、その末路を決めたのは獄寺自身で、深く考えてはいけないのだ。

「Per favore si prenda cura.」
そう言いながら、軽く獄寺はピンセット片手に顕微鏡を目にしようとしたツナを少し遮る。
獄寺自身は実験なんて正直どうでも良いのだが迂濶なことになって、もしツナに怪我をさせたら大変ということで気を引き締めていたのだった。
「あ、ありがとう…」
言葉はあれだが、手つきはいつもどおりしっかりしているので、何となくわかる。
イタリア語オンリーなのだから気が休まるときもないが、こんな獄寺と相手してもう一週間になる。
ともかく付きっ切りで面倒見てもらっていて、ありがたいと思うときもあるし、ちょっとありがた迷惑すぎると思うこともある。
そんな中で、いつもより女子生徒の声が甲高い理由はちょっとわかる。
ウザイし視界が遮られるという事態を排除し、細心の注意を払うためらしく、今の獄寺は珍しく少し長い襟足を少し後ろで縛っていた。
元々イタリア系クォーターで整った容姿や顔立ちをしている帰国子女だから、格好いい獄寺がいつもとは少し違う髪形で、しかもツナ限定とはいえイタリア語を操っていたら、注目するしかないだろう。
いくら女子が耳を立ても、外野なんて気にしてないけどね、本人は。
自分は邪魔なんだろうなと、遠慮する事なんてないと思うが、痛い視線は勘弁したい。
ああ、こんなときこそ癒し系の友人、山本…震える手をすがる様に伸ばしてみるが、出席番号「や」なので限りなく遠い。
逆に手を振られたりして、「二人しておもしろそうだな」とでも言わんばかりだった。
駄目だ、こりゃ。
山本に助けを求めても期待は出来ないと、暗に悟った。



「やっほー。沢田ちゃん。」
女子生徒の視線をものともせずに、というか気が付いていないだけかもしれないが、独特なピースをしながら獄寺とツナの間に割り入ってきたのはロンシャンだった。
内藤の「な」なおかげでギリギリ隣の班にいるがゆえの賑やかさが入る。
元々行動が騒がしいので、同じ班ではないとはいえ、様子がチラチラと目に入っていたことは事実だったが、名指しで呼ばれるのはこの日初めてで、やあやあやあという感じで無意味にツナに近づく。
「てめえは、邪魔なんだよ。」
ものすごく不機嫌そうに獄寺はロンシャンに向かってそう言った。
こっちは真面目にやっているというのに、今のロンシャンがツナにもたらすもので有益になるものがあるとは微塵も思っていなかった。
ツナが目の前に居なかったら、多分足蹴りをしていただろう。
「ご、獄寺君。別にオレはかまわないからさ。仲良くしてよ。」
凄い排除してるよと、別の危機を感じたツナは慌てて獄寺をぽんぽんと抑えた。
ただでさえ気づかれしているというのに、こんなところで騒ぎを起こされては困る。
折角、静か…ではないが、平穏に実験が終わろうとしているのに、この時間だけは少なくとも守りたかったのだ。
「Ha la mente larga. Io l'imparo anche.」
はっとした様子で、ツナ向かって言葉を出す。
相変わらず当の本人であるツナには、獄寺が何を言っているのかさっぱりだが、とりあえずはいはいと示した。
「そーだよー獄ちゃんの言うとおりだって。三人で仲良くしようよ。」
空気読まずにロンシャンがしゃべりだす。
ついでに獄寺とツナの肩に手をまわしだしたりなんかして、勝手に仲良しムードを作り上げた。
「え…まさかロンシャンって、獄寺君が言ってることわかるの?」
調子が良かったので、思わず聞き流しそうになってしまったが、はたと気がついて尋ねる。
「イタリア語なんだから、わかるの当然じゃん。」
なに当たり前のこと聞いているの?という感じの顔をツナは向けられた。
これにはさすがに獄寺も驚いているようで、少し顔が引きつっているのが横目で見えた。
ツナは、ぶっちゃけ失礼だが、ただのバカじゃなかったのかと思ってしまった。
良く考えると、あの五歳児であるランボだってイタリア語と日本語がきちんとではないが使えるのだ。
英語さえも苦手で母国語にしがみついている自分の情けなさを改めて実感する。

「Lui e andato via da solo.」
「あ、ひっでー獄ちゃん。そこまで言うことないじゃん。」
ぷいっとツナの方だけ向いて囁いた獄寺の言葉は、しっかりとロンシャンの耳にも届いたらしく、すぐさま反論する。
「Io penso che io farei meglio ad ignorarlo.」
「うわっ、オレ凄いいじめ受けてる。」
「Per favore non prenda avviso.」
「じゃあ、オレは大きな声で叫ぶかな。」
「Perche e pericolo, per favore copra i suoi orecchi.」
「甘いなあ。そんなんじゃ、ダメだよ。」








獄寺はツナしか見ていなかったから、ツナ相手にしか言葉を伝えたつもりはなかったが、勝手に理解するロンシャン相手に会話が成り立っているかのように、二人の言葉の応酬が続いた。
より騒ぎ立つ背後の女性陣とは裏腹に、呆然と突っ立つことしかツナには出来なかった。






彼が何を言っているのか、わからない。
伝えたいことを受け取れない。

それがこんなに寂しく思うなんて………











「獄寺君。ちょっといいかな。」
その言葉がかかったのは、昼食をすませた時で、いつものように屋上で弁当箱を空にした後、改めて言ったのだった。
ツナとしては少し露骨な表現で、つまり呼び出しをしたのだ。
「Si.」
名前を呼ばれただけでもうれしいですと言う感じで、獄寺は返事をする。
正直、ツナには彼が呼び出しされているというのにどうしてこんなに嬉しそうなのだろうか、未だわからない。
上級生やの呼び出し(主に喧嘩関係)や、先生の呼び出し(主に生活態度関係)や、女子生徒の呼び出し(主に告白関係)の時は露骨に嫌そうな顔をするというのに大違いすぎた。
ゆっくりまったり話すような内容ではないし、屋上は結構人が行き来して落ち着かないので、弁当箱を一旦教室においてから、場所移動を提案した。



「Io capii. Lo segue.」
「E insolito. Io sono felice.」
「Sono utile?」
「Perche io lo proteggo, non preoccupi.」

二人きりだと症状は悪化するので移動中も獄寺は、こちらは返事をしていないというのに、次々と言葉をかけてくれる。
元々無駄にツナに話しかける傾向のある獄寺からすればいつもの行為だったのだが、今のツナの心からすると全くの逆効果になっていた。
ようやく体育館裏という少し湿った場所までたどり着くと、足を止めて獄寺に向きなおった。

「あのさ。獄寺君…それ、何とかなんない?」
遠まわしに言ったことは何度かあるが、埒が明かないのではっきりとツナは確信を述べた。
そろそろ我慢の限界であったから、降り積もるストレスを少しでも和らげたい気持ちを伝える。
「Cosa e?」
突然のツナの物言いに理解が出来なかったらしく、首をかしげながら獄寺は言った。
「それだよ…イタリア語のこと。」
こちらの言葉は理解しているのだからと、ツナはズバリと指し示めした。
「La pronuncia e cattiva? Il cattivo luogo di uno ottiene su.」
続く獄寺の言葉は期待をしていないイタリア語だった。

ああ、耳を塞ぎたい。
だから…
直す気はないんだなと思うと、すっとツナの気持ちが引いた。










「オレ…正直言って、君の言ってること全然わかんない。だから、しばらく黙っていてくれない?」

気が付くと飛び出ていた言葉は、獄寺が傷つくには十分過ぎたのだった。













絶対忠誠 4

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