オレは、何てことを言ってしまったのだろう。

「あ………ご、ごめん!」
はっと口を右手で押さえながらも、ツナは思わず怒鳴るような音で出てしまった本心を慌てて訂正してみるが、一度飛び出た言葉を消せるはずもなかった。
取り返すことも取り戻すことも出来ない。
八つ当たりを真に受け取ってしまった獄寺の方を見るのが凄く怖かった。
でも、それ以上に怖かったのは獄寺自身の方だったのだ。
ツナの目を見ずにぺこりと頭を下げるしぐさだけが、辛うじて視界に入る。
そうして、駆け抜けるように校舎裏を後にしてしまった。
ツナを置いて…それはツナが望んだから、その通りにしたのだった。



「最低だ、オレは…」
震えて制止の言葉さえ一言も出すことは出来なかった。
トンッ
制服の上着が汚れるのも構わず校舎に背中を付き、ツナはずるずると降りた。
ぺたんっと地面に腰をつけると、両腕を組んで頭をそこにつける。
うまい拒否だ。拒絶の言葉を出して、獄寺に遠回しの釘を刺したのだった。
こんなことを言うつもりはなかったのにというのは、嘘になるだろう。
普通にしゃべってほしかったが、それは叶わぬことで、自主的にやっているわけではなくリボーンの命令なのだから仕方ないのだ。
冗談でもお遊びでもない。
自分だってあの家庭教師には抗えないとわかっているのに。
イタリア語を使うことで、周囲から少なからず奇人変人扱いを受けたりしても、気にせずにこにこと口を上げながら話してくれたのは全て自分のためであった。
そんな獄寺の素早い切り替えの様子は、恐ろしく頭の回転が早いために出来たことであろうが、期待とは逆にツナはイライラとして、憂鬱とストレスが溜まっていった。
ニュアンスの問題だろうが、早口でまくし立てられている気分と、普段以上に態度の違いがあるような感覚を受ける。
獄寺の本質も行動も何も変わっておらず、変わったのは言語だけ。
言葉一つに簡単に翻弄されるなんて、脆いものだ。
今更な認識を改めて味わう結果で、所詮は上辺だけだったと思い知らされた。








それから以前よりも更にぎこちない二人の関係が始まった。
ツナは以前のようにふるまおうと努力したのだが、獄寺の方は極端であった。
あの出来事…獄寺には命令にさえ思えてしまったのだろう。
それ以来、ツナが獄寺の声をマトモに聞くことは無くなってしまった。
怒っているわけではない、無口の本当の怖さをツナは実感した。
「おい、ツナ。最近の獄寺、どーしたんだ?えらく不機嫌だぞ。」
事態がただ事ではないと察した山本はいち早く、癇癪持ちが暴発するようなピリピリとした空気を感じて、その様子を口にする。
そう言われてしまうのも無理はない。
獄寺は、必要以外はツナに近寄らなくなったのだが、それは周囲にも同じく影響を及ぼすように、他人に対しても吐き出す最低限の言葉は短い。
うやむやで進む会話はぎこちなく、みんなに対しても話をしなくなったのだ。
ついでに隠れて吸っていたタバコの量が増えているようだ。
ツナは思わず机にうつ伏せとなったが、ため息を堂々とつけるような立場ではない。
原因は間違いなく自分。
でも、どうしたらいいかわからなくて…
また無駄に時間が過ぎていった。

時が全てを解決してくれるわけもないとわかっていたのに。








今日もツナはひとり寂しく帰路へ向かうことになる。
一応辛うじてだが学校に来ている獄寺には声をかける隙もないし、例えあったとしても話しかけることができるようなオーラは纏っていない。
清掃の終わった放課後に、ロッカーから取り出したカバンを手に、校門へ足を向ける。
窓の外から見える赤い赤い夕日は沈むように、今日も何も出来なかったということに、ツナの気持ちも沈む一方であった。

「待ちなよ。」
通り過ぎろうとした廊下の角から呼びつけられて、ツナは反射的に振りかえった。
「ヒ、……ヒバリさん?」
風紀委員独特の学ランを肩にかけながらいる雲雀を見て、怖がりながらも名を呼んだ。
ここで反応しないと後が怖い。
雲雀に呼びつけられたことはあまりないが、どう考えても好意的な理由ではないだろうと察しがついた。
「ぶつかっても謝らないなんて、どういう一体躾してるの?」
腕組みを直しながら、少し苛立ちを示した様子で雲雀は言った。
「………何のことですか?」
本当にツナには雲雀が言っている意味を理解できなかった。
大体、今ツナと雲雀はぶつかってなんていないのだから、そう言われるのは心外だった。
違う人物を間違えて言っているような…というか、微妙に主語が抜けているような。
そのことについても、間違っても突っ込みはしないが、わからないまま会話を進めて怒りを買ったら恐ろしいので、最低限に怒られなさそうな質問だけはする。
「群れるなら群れるなりに、きちんとしないからああなるんだよ。」
不満を押し出しながらも雲雀は言葉を続けるが、やはりこれだけでは安易にツナはわからなかった。
とにかく雲雀が自分に対して何か風紀を乱すようなことがあるのだと言っているのだけは最低限わかる。
しかし、ここ最近の自分はダメツナのレッテル通りに妙には目立たず過ごしてきたはずだ。
進んで学校に問題を持って来そうなリボーンも、随分遠のいでいるし、あとは………

「あっ!………もしかして、獄寺君のことですか?」
一つだけ合点するような彼の存在を思い出して、思わず少し大きい声が突発的に出た。
そういえば、数時間前に最後に見た獄寺の姿はややボロボロだった。
気になっても理由を聞けるような感じではなかったので、咄嗟には思いつかなかったのだった。
話をまとめると、獄寺が雲雀にぶつかるが、謝らないのでバトル…らしい。
「原因は君でしょ。迷惑なんだよね。」
「す、すみません…」
ひいっと、すぐさま謝る言葉と動作をする。
原因については恐らくその通りです。
さすが鋭いなと感心している場合ではないのだ。
獄寺のあの態度が、こんなところにまで飛び火しているなんて、思わなかったので予告なしに恐縮する。
「何とかしなよ。これ以上、並盛の風紀を乱す気?」
不機嫌ありありで、両腕を組んでいた姿から瞬時に取り出したトンファーが鋭く光る。
構えた姿は前傾姿勢で、何かキッカケが一つでもあれば、瞬時に飛び出すようになっている。
大体、大抵の人間なら殴れば改心するのだが、先ほど相手をした獄寺はそうではなかった。
肉体的痛みなんて、逆に気を紛らわす要因にしかならないと気がついた時、雲雀は根本的解決を感じたのだった。
そして今に至る。
「出来るならとっくにやっているんでけど…」
雲雀相手でもさすがにこの件に関して、ツナは口ごもった。
獄寺は何も悪くなく、悪いのはツナの方だったが、もう何をすれば良いかわからなかったのだ。
どうしよう…誰か助けて!
心の中でだけ祈った言葉は珍しく届いた。





「てめー。何してやがる!」
二人を遮るように飛び込んできた声は、正しく当人である獄寺であった。
先ほども雲雀と戦っていたようだが同じく、ダイナマイトを両手に戦闘態勢を示すように現われた。
「ごっ、獄寺君!?」
来てくれたことは嬉しかったが、少しツナは複雑な気持ちであった。
訪れる諸々の罪悪感は、簡単には消え去らないのだから。
最近では会話も出来なかったので、こんな機会でもなければ本当に獄寺はツナに近寄ってこなかったであろうと思うと、悲しいのだ。

叫んだツナの瞳を見て、若干悲しそうな顔を獄寺はしたが、直ぐに雲雀の方へ向きなおす。
数日前にツナに言われた言葉を忘れられる筈もないから、相手をすると許されるのは目の前の雲雀だけだ。
狭い廊下で一触即発の雰囲気が辺りを覆う。
まずは…と、くわえたタバコで着火しようと獄寺が動こうとしたその時だった。



「やめた。」
そう漠然と言いだした雲雀は、仕込みトンファーをさっさと下ろした。
そうして明後日の方向を見始める。
「「は?」」
この時ばかりは、さすがにツナと獄寺の声が通るように同時にハモった。
一体何を言っているのだろうか、この風紀委員長は。
先ほどまで殺気が混じるほどの不機嫌さを醸し出していたと言うのに、いきなり戦わないなんて…と、事情がさっぱりわからなかった。
そんな二人はさておき、さっさと雲雀は後ろを向いて場を去ろうとする。
「待てよ。どういうつもりだ?」
そのまま行かせると間が抜けるので、獄寺は声を投げる。
さして恨んではいないが、それでも数時間前にボコボコに殴られたのは忘れていない。
そのリベンジをしたいわけではなかったが、あまりにも違いすぎて拍子抜けしたのだ。

「つまらないんだよ、君たち。群れてないからね。僕が相手する理由がないんだよ。」
くだらないことに巻き込まないでほしいと。
結局、雲雀の足は止まらず、そのままどこかへ行ってしまった。







雲雀にさえも呆れられた二人は、無様に取り残された。













絶対忠誠 5

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