結局、今までの自分はただ流されていただけで、何もしなかったのだ。
だからこそ、同じ過ちは繰り返さない。
「リボーン。頼みがあるんだけど。」
帰宅したツナは、しっかりはっきりと自身の家庭教師に向けて話を切り出した。
思い出すのは数時間前の学校での最後の出来事。
不味い…二人っきりになってしまったと危機を感じたのは獄寺の方だった。
今の自分には何も許されないのだ。
そして、また逃げることしか出来ない。
来るのも早いが去るのも早かった。
制止の声は聞こえなかったふりをして、まるで雲雀の後を追うように、獄寺はその場から駆けて行ってしまった。
それを見てツナは、今の自分に獄寺を止める資格はないと再認識したのだ。
獄寺君は、あくまでオレを考えていてくれている。
だけど、オレ自身は獄寺君の気持ちを考えたことがあっただろうか?
そうだ、依存していたこそ、また逃げられた。
でも、今度は違う。同じにしては駄目なのだ。
「やっと、来たか。ダメツナ。」
ツナの言葉を受けて、ふんっと鼻をならすように、リボーンは言葉を出した。
ここにたどり着くまで意外と早かったという思いは口に出さない。
ただ、ツナの右手にしっかり掴んだ辞書に視線をやるだけであった。
そういう日の朝に限って、晴天でいつもを告げたりするのだ。
忌々しく輝かしく光る太陽は、全然嬉しくないと軽く文句の一つでも言いそうだった。
あの方を象徴する大空が一面に見えている事だけが、普段ならば唯一の救いなのだが、今回に限ってはやや逆効果だった。
「あーくそっ。」
そう悪態をつきながら、思わず獄寺は目の前に転がっていた小石のいくつかを適当に蹴った。
慣れという名の習慣とは恐ろしいもので、眼前の意志と反して根強く身体に染み付いている。
ここ数日の諸々の行動は、巻き起こした獄寺自身でもあまり思い出したくないものであった。
だからとりあえずの最低限のことをと、頭を空っぽにして学校へ向かおうとしていた筈なのに、勝手にここにたどり着いてしまって、憎い。
沢田家の屋根が見えるくらいに位置する道路の真ん中で、朝のスクールゾーンのおかげで車が通行しないのをいいことに獄寺は立ちつくしたのだった。
少し前と言えば、朝一番に10代目であるツナをお迎えにあがり、「おはようございます!」と声にしたものだ。
今となっては嫌がられる正しくな要因だったわけで、思い出すともれなくブルーに成れる。
どうして自分はもう少しうまく立ち回れなかったのだろうか、今となっては後の祭りだが。
いや、仕方ない。
部下の一挙一動如きにボスが行動を左右されるものではないのだから、影のように付き添い自分は自分の与えられた役目をこなすのが一番だと思った。
正直今だ名残惜しいが、さっさと学校に行こうとして、獄寺は沢田家の前を何ともないように通過しようとした。
ガチャリ
扉が開く音が耳に入る。
丁度タイミングよく、獄寺が沢田家の正門に差し掛かったときにそれは来てしまった。
「あ…」
淀みなく広がって出てきた先に居たのは、もちろんツナであった。
通学時間にいるのだから、当たり前なのだが、やはり驚くものは驚くのだ。
そのまま立ち去ればいいものを、ひとたび目にとまってはそれが出来ない獄寺はびくっと一度だけ震えた後、白亜の彫刻のようにその場で固まってしまった。
傍から見れば情けない光景だったろうが、本人たちにはそれほど深刻な問題であったのだ。
「あの、獄寺君?」
二人の距離は変わらないままであったが、ツナは呼びかける。
失礼とわかっていたが、声をかけられたので辛うじて獄寺はツナの方に向きなおった。
気まずい別れ方というか、逃げたのはつい昨日の夕方の出来事だ。
あまりにも早すぎる対峙に柄にもなく緊張してしまって、情けない。
声は出さずに姿を向けたが、それで何かを言えるような立場というわけではない。
このまま、おじぎの一つでもさっさとして、この場を切り抜けようと獄寺は身構えた。
「Buon giorno.」
耳慣れしすぎている言葉が入ってきて、獄寺は自分の認識能力を瞬時に疑った。
ブォン ジョルノ(Buon giorno)…イタリア語で『こんにちは』という意味だ。
今の時間帯だと、日本語でおはようと言われたのも同然で、それを発したのは獄寺ではなく、目の前のツナだった。
ちょっと自信なさげで、でも精一杯言った様子が伺えた。
あまりの出来事に獄寺としてはどんな反応をすべきか全然考えることが出来ない出来事だった。
「ごめん、またきちんと言えるイタリア語はこれくらいなんだけど…」
はにかんだような照れ隠しをしながら、ツナは伝えた。
これは、自分から動かなくては何も進まないとわかったツナの力一杯の努力であった。
まずは挨拶から始めよう―――
「Grazie a Lei!」
感激して思いっきり獄寺はそう叫んだ。
ここが公道だとかそんなことはもうどうでも良かった。
ツナが自分のことを考えてくれて、気を使ってくれたというそれだけで、獄寺の世界が救われたのだから。
「あ、今もしかして、『ありがとう』って言ったのかな?」
「Si.」
今度は『はい』だ、とツナも認識する。
これは今までの会話の中でも何度か使われたからさすがに覚えている。
「簡単な単語しかまだわからないと思うけど、オレ頑張るからさ。これからもヨロシクね。」
獄寺はとても極端な人間なのだ。
ようやくいつもの暖かな笑顔をツナに見せてくれた。
そうだ。これを待っていたんだ…とツナはようやくわかった。
玄関先で止まっていた身体がいつの間にか進んでいる。
道まで出ると、獄寺は自然に馴染みのポディションであるツナの右側半歩後ろに着いた。
そうして、とても久しぶりに二人は望んで学校に向かって行くことが出来たのだった。
「全く、やっと修行が進みそうだな。」
そこまで確認をして、沢田家二階窓から見下ろすリボーンは呟いた。
しばらく眺めていたので、薄い煙を立てなくなってしまった挽きたてのエスプレッソコーヒーのカップを手にする。
少し温めだが、のどを通る苦味が心地よい。
正直呆れるくらいだが、これは一般人から見てもじれったいもので、なかなか進まなくてイライラしたものだ。
読唇術も読心術もお手の物なリボーンにとっては、二人のやりとりは容易に想像できる。
この修行を推し進めたリボーンからすると、これは最低ラインだった。
こんなイタリア語の修行では、獄寺以上の適任者はいないのだ。
身につけさせるならニュアンスがわかる方が断然いい。
獄寺は特にツナ相手だとオーバーリアクションなので、改変なしで進められた。
もちろん最初は家庭教師であるリボーン自らということも考えたが、それではいつもどおりの無茶な修行で、身体ではなく頭を使うならば本当の身にはつかないのだから。
今までのツナは言われるがままに無理矢理本来の能力を引き出されるだけで、自主的に促されたことは一度もなかった。
リボーンに言われたから仕方なくでは、もういけないのだ。
わからないままだと結局困るので理解する具体的な努力はすると、見当はついた。
悪い表現をすると獄寺君は利用されたということは、ツナ自身もわかっているだろう。
リボーンの思う壺になることを嫌だと思う性格ではないが、それでも他人が絡めば血が騒ぐ。
それも獄寺が相手となれば、そのうち気が付くだろう。
とりあえず、辞書がむかつくと心の中でぶつくさと言って、重くて持ち歩いていなかったツナは、もういない。
関門は突破したので、このまま進めば第一段階は大体クリアできるだろう。
「次の段階へ進む準備をしねえとな。」
ニヤリと一つ口元に笑みを浮かべてから、リボーンは窓枠からすとんと降りた。
絶対忠誠 6
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