まず、始まりは「手紙」からだった。
「10代目!」
特別に翔って走ってきてくれるのはもちろん獄寺で、その様子をツナは見て、どうどうとなだめるかのように、獄寺を留める。
並盛中の廊下を堂々と走るなんて、万が一でも雲雀に見つかったらヤバいし、周囲の風紀委員の目に入っただけでも危険だ。
お願いしますから、問題は起こさないで下さい。と、一途であまり周りは見えてないらしいが、相変わらず話しかけてくるのだ。
「Come faceva?(どうしたの?)」
と、突然の様子をツナは聞く。
それは、獄寺が近寄るとイタリア語へ頭が切り替わるように一応なったからこその言葉だった。
先ほどの授業中は普段どおりに、獄寺は過ごしていた筈だった。
彼の授業に対する意欲は限りなく低く、態度もでかいし悪いので、その変わりようは凄いなと実は思っている。
というか、ちょっとさっき寝てなかった?
後ろの席から見ての印象はそれで、ろくに授業を受けなくてもテストの点数は良いので先生は注意しないのだ。
チァイムが鳴った瞬間に、さっさと教室を後にして珍しいなと思っていたが、自分に用だったのかと意外だ。
昨日リボーンに狙撃されたばかりだというのに、獄寺は随分と元気だ。
案外、昨日のことでショックを受けているのは自分だけなのかもしれないと、ちょっと寂しい。
なんだ。いつもどおりじゃないかと、少し気になる。
昨日は家に帰っても特にリボーン追及されなかったから余計に、ツナは怖かったというのに。
いつホルスターから取り出されるものがあるのかと、びくびくしていた。
これは、ツナが獄寺相手にイタリア語で話すようにと言われた結果だが、普通こっちの方が先だろうというのが本当らしく、段々とエスカレートした。
初っ端からこっちの試練だと逃げるだろというのがリボーンの考えで、獄寺を縛り付けたことで、道連れ決定らしい。
だから、あえて言われなかったのであろう。
確かに悪いのは自分だけど、獄寺は引きずっていないなあという感じを受けた。
また何かやらかしたらリボーンからの狙撃が待ち受けているのだ。
こんにちはと、まだ死にたくない。
逆バージョンとなった今、なまじ以前に逃げてしまったことがあるので、今回は逃げることも、獄寺を避けられないのだ。
そんなこんなで結局、あの時の言う機会も失せてしまったのだった。
「これを…」
うやうやしく獄寺から手渡されるのは手のひらサイズのシンプルなメモ帳で、明るいオレンジ色が眩しいくらいだった。
獄寺自身は勉強しなくても出来るらしくこういうことに感心は示さないので、ちょっと不釣合い感じが見えた。
「E andato per acquisto?(購買に行ってたの?)」
今買ってきた気満々だったので、そうツナは尋ねる。
購買の袋からはみ出すそれを、思わず反射的に受け取った。
「はい。さっき、ずっとそれを考えていました。」
はっきり獄寺はそう言う。
とても嬉しそうにしているのは見間違いではないだろう。
「Come l'usa?(何に使うの?)」
授業中なのに、それを考えていたのか。
いいのかなとも思ったが、特に改めては聞かないこととする。
そう尋ねるに留まったのは、まだわからないからだ。
「今後、オレに聞きたいことがあったら、これに書いて示して下さい。これくらいならリボーンさんも許して下さると思うんですけど。」
特別いいことを思いついたかのように元気に獄寺は言った。
目でわかってくれというのは限界があるので、意志疎通を少しでも円滑に進めるために提案をする。
さすが、あくまでツナに関すること限定であるが、意欲だけは強く非常に前向きだ。
こういうときだけは歳相応に見えるなと、普段勉強なんかしていないくせにと、ツナはちょっと笑う。
「Grazie.(ありがとう)」
顔をあげて、ツナは言葉を返す。
簡単には思いつかなかったが、よく考えると、まだ全然イタリア語を話すことには慣れておらず、目の前のことで精一杯だ。
早速使ってみる。
『でも、あんまり頼らないようにしないと、また怒られるよね。』
胸ポケットからボールペンを取り出して、ぐりぐり書いて、獄寺に文字を示した。
もう同じ間違いは起こさないけど、ほどほどに使っていこう。
結局、一番近くに居るのは獄寺なのだから。
「ご立派です!10代目。」
あ、感動している。
それだけのことで、獄寺は喜んでくれる事にちょっと困った。
メモ帳を持参していると、使う機会はたくさんあった。
一ヶ月も経たないうちにいっぱいになってしまったので、次の用紙をツナは探す事になる。
簡素な紙で、時には学校の便せんで、書き綴る。
獄寺が自分の事を思って色々と考えてくれたのだから、もちろんありがたい気持ちはあるが、ちょっと恥ずかしい気持ちもツナにはあった。
まめまめしい性格じゃないのに、レターセットなど持っていないが手紙を渡すようになったとき、それは凄く思ったけど、わがままは言っていられない。
ラブレターのようだなと思っているのは自分だけかもしれないし、女の子同士ならやってそうだが、別に文通や交換日記をしているわけではないのだから。
さすがにリボーンもこれくらいは譲歩してくれて、容認したようで、狙撃はなかった。
筆談駄目とは言われなかったのは助かった。
それなので、二人は少しずつ独自のルールを作った。
次はこれしよう、あれしようと二人で考えて。
公共の語学番組を見たり、図書館に行ったり、獄寺お手製のノートを相手にしたり、一人だったらただ辞書を丸暗記しようとかそういう効率の悪い事をしていたかもしれない。
その結果もあって、じっくりじんわりとだが段々と手紙を示す機会も少なくなる。
トントン拍子とまではいかなかったが概ね順調に進んだ。
瞬く間に過ぎ去る時間は随分と早かったように思えたが、やっぱり数ヶ月かかり、生活レベルなら何とかイタリア語で過ごせるようになった。
これも全て獄寺が粘り強く相手してくれたおかげだった。
「試験をするぞ。」
卒業試験と銘打って出てきた、リボーンによる最終試練は実地だった。
全ての能力が試される場所として、立ちふさがる相手リボーンとの10分間会話を要求されたのだ。
すらすらときちんと会話が成立しなければ駄目で、詰まったり戸惑ったりするのも落第だ。
戦うわけでもないというに、まるで対峙するように気迫が迫るので、身構える。
一番緊張しているのは絶対に獄寺だった。
はらはらと見守ることを許されたので、部屋の隅で邪魔にならないようにしているが、手に汗握る。
10代目は大丈夫だろうか。
いや、10代目だからこそ大丈夫だとわかっているが、もし何かあったら明らかに自分のやり方が良くなかったせいで、自分のせいだ、申し訳ない。
頑張って下さいという言葉は投げやりだ。
10代目は、今日に到るまでさすが凄く努力をなさった。
わからないなりに前向きな姿を何度も見せて下さり、獄寺としては免許皆伝でも渡したいくらいであった。
「大丈夫だよ。オレ、頑張るからさ。(イタリア語)」
大丈夫。頑張る…とツナは獄寺になだめるように安心させる言葉を向けた。
妙なプレッシャーをさすがに感じたが、それ以上にちょっと獄寺の方が心配だった。
このままでは責任を感じて死んでしまうかもしれないと思うほど。
獄寺はよくやってくれていた。ありがたい。
こんなダメツナ相手に、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
本当はちょっと自信がなかったけど、怠ったら今までの努力も否定されてしまう。
自分が駄目なのはいつものことだが獄寺にはこれ以上のとばっちりをくらわせるわけにはいかないので、心意気を見せる。
「じゃあ、始めるぞ。」
その言葉を皮切りに三人とも立ったまま、実技テストが始まった。
「Come? Has consciousness as the boss come out a little?
(どうだ。少しはボスとしての自覚はでてきたか?)」
気軽な会話をするつもりはないらしく、問われた事は質問形式ではなかった。
リボーンの発する流暢なイタリア語はなんとか聞き取れるけど、早い。
やっぱり聞きやすいようにはっきりしゃべってくれたのだな獄寺はと思った。
ツナ相手には敬語で話しているからわかりやすいけど、リボーンみたいに砕けた言葉を羅列させられるとなかなか難しい。
「Solamente italiano gradualmente e stato capito tuttavia c'e ancora sentendo cosi non davvero.
(まだ、あんまり実感はないけど、イタリア語だけは段々と分かって来たよ。)」
何とかいつもと同じようにつたないながらも、淀みなくツナは会話を続ける。
こういうときは考えてはいけないから、直感で行くべきだ。
ただ、イタリア語になるだけでリボーンの破天荒な言動は変わらないのだからと、思い込ませて立ち向かう。
使い慣れていない舌がぐるぐるする感覚に惑わされないように、単語の節々を集めて組み合わせていく。
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進む会話は、日常会話とは少しかけ離れたことを次々と聞かれる。
間違っても普通なら会話に「拳銃」やら「麻薬」やら「抗争」なんて言葉は出てこないだろう。
試験は突然だったが、予備対策をしてくれたのは獄寺だった。
絶対リボーンは独特のスキルに鋭いからと、まさにその通りだった。
専門用語は難しかったけど、苦労は報いた。
物騒な単語の羅列は、実際はとても頻繁に使うであろう知りたくなかったことだが、今はそんなこと言ってる場合ではない。
なんて時間が経つのが遅いのであろうか。
何だか熱く、額に汗が吹き出るようで、水が欲しくなる。
はらはらと見守る獄寺を見る余裕もあまりない。
そして、ついに…ちらりと部屋の横にある壁時計をリボーンが見ると「Fine.(これで終わりだ)」と告げた。
「で、結果は?」
一応最低限の言葉のつっかかえとかはしなかったし、途中で駄目だと止められもしなかった。
でも、なんたって相手はリボーンだから何を言い出すかわからなかったから、改めてツナはそう聞いてみる。
自分では頑張ったつもりなのだ。
それに対して、リボーンは少し嫌な顔をして考える様子を見せる。
「ま、合格だな。これで修行は一応終わりにしてやる。ただし、これからもイタリア語の勉強はくれぐれも怠るな。精進しろよ。」
ここまで、ツナをはっきりと認めたのは初めてだったかもしれない。
にやりと笑いながらも、リボーンは言い渡した。
「おめでとうございます。とても、素晴らしかったです。お疲れ様でした!」
先に驚いてどうするよ、獄寺君…と思ったが、ツナの手を取りはしゃぐ。
ツナより獄寺の方が喜んでいる。
「ありがとう。獄寺君。」
ああ、こんなに嬉しいものなのか。
もしかしたら高校受験に受かるよりも嬉しい出来事かもしれない。
久しぶりに獄寺に向けられたツナの日本語は、一番に言いたかった言葉だった。
もう、何度も言って来たけど、これは特別だった。
絶対忠誠 8
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